2005年度考古学協会総会研究発表要旨
弥生時代中期の実年代−14C年代の測定結果について−
春成秀爾・今村峯雄・藤尾慎一郎・小林謙一・坂本稔・西本豊弘
2005年5月21日に開催された日本考古学協会71回総会研究発表要旨を加筆訂正したものを掲載します。発表当日は、測定結果の蓄積を示すとともに、弥生時代中期前半の実年代比定について、最新の成果を加えつつ説明を行ないました。
1 はじめに
弥生時代中期は、この時期に前漢鏡など中国の文物がもたらされて甕棺墓に副葬されることから、弥生時代の実年代を考古学的に推定しうる最初の時期である。しかし、その時期は中期後半であることから、中期の始まりの実年代についてはこれまではまったくの推定によっていたといって過言でない。炭素14(14C)年代法は、その時期の炭化物さえあれば測定可能であるから、考古学的な推定を検証するにとどまらず、独自に年代観を示すことができるという点で年輪年代法とともにきわめて優れた方法である。
私たちの研究グループでは、2004年度は、土器に付着した炭化物等約600点の試料の炭素14(14C)濃度をAMS法を用いて測定し、INTCAL98を用いて暦年較正した(注1)。測定試料の前処理は歴博年代測定資料実験室で行い、14C測定はBeta Analytic Inc.、東京大学原子力研究総合センター(現 東京大学大学院工学系研究科)、名古屋大学年代測定総合センター、(株)加速器分析研究所で実施した。
今回は、2003年度までの学術振興会科学研究費基盤研究(今村峯雄研究代表)、歴博基盤研究(同前)によって得られたデータと合わせて、弥生時代中期の実年代についての研究結果を中間報告する。
2 弥生中期の14C較正年代
弥生中期の実年代を推定するうえでまとまった測定結果がでているのは、長崎県原の辻遺跡の須玖?式、岡山県南方遺跡および奈良県唐古=鍵遺跡の弥生前・中期に関する資料である。それらに他の測定結果を合わせて報告すると以下の通りである。
九州 長崎県壱岐市原の辻遺跡では、前期末から中期の試料16点を測定した(注2)。前期末(板付?c式)の3点のうち2点は紀元前395〜前200年で次の須玖?式と重なり、須玖?式の1点は前400〜前170年、須玖?式の6点は前200〜前40年という測定結果を得ている。福岡県の資料では、須玖?式は前300〜前200年頃におさまる可能性がつよい(図1・図2)。なお、須玖式は最近では4型式に細分されている。
中国 岡山市南方遺跡では、弥生前・中期の試料16点を測定している。前期末の2点は前390〜前350年、?期(中期初め)の2点は前370〜前220年、?期前半の2点は前520〜前350年、?期中頃の5点は前350〜前200年、という結果を得ている(図3)。
東広島市黄幡?遺跡の試料6点の測定結果は、弥生?期後半が前760〜前410年、前755〜前385年、前410〜前225年、?期が前385〜前195年、?-2期が前390〜前200年、前355〜前90年である(注3)(図3・図4)。
年輪年代では、南方遺跡の?期のヒノキの板材(辺材)が前248年と前243年を示している。
近畿 奈良県田原本町唐古=鍵遺跡では、弥生前期〜古墳前期の土器付着物・木材・コメ・漆の60試料に関する90の測定結果を得ている。それらを総合すると、弥生前期(大和?期)は前6世紀よりは新しく前380年よりは古い。大和の弥生中期の初め(大和?-1-b期)は前380〜前350年頃で、これは河内の前期末に対比されている。?期は前4世紀、?期前半(大和?-1・2期)は前300年頃を含む前3世紀、?期後半(大和?-3・4期)は前200年以降かつ、前50年よりはさかのぼる前2世紀を中心とする年代、?期前半(大和?-1期)は前100年を含み、前50年よりは古い前1世紀前半、?期後半(大和?-2期)は前40年頃を中心とする前1世紀後半と推定される(図5・図6)。
大阪府瓜生堂遺跡など河内の遺跡群では、弥生前期〜古墳時代前期の土器付着物40点の測定結果を得ている。弥生前期(河内?期)は前8世紀以降、前390年までに納まる。河内?-1期は、前390年以降、前200年までに含まれ、河内?-2期から?-1期は、前4世紀から前195年までに納まる年代の中の1時点である(図7・図8)。
年輪年代では、近畿の?期新段階が前448年以降(大阪府東奈良遺跡)、前445年以降(兵庫県東武庫)、?期が前245年(兵庫県武庫庄遺跡)、?期が前97年・前60年(滋賀県二ノ畦=横枕遺跡)、前52年(大阪府池上曽根遺跡)というデータがある(注4)。以上のうち、14C年代を測定した例では、池上=曽根遺跡の同じ柱根が前80〜前40年であった(注5)ほか、滋賀県下之郷遺跡の前271年の年輪年代をもつ木材(盾)が前285〜前250年であった。年輪年代と14C年代とは整合性をもっていることは確かである。
3 今後の課題
弥生時代中期の実年代については、中期の始まり(?期の始まり)は前380〜前350年の間にあり、?期は前300年頃まで、?期は前300年頃〜前100年頃、?期は前100年頃〜紀元前後頃というのが、これまでに九州・中国・近畿地方の土器付着炭化物等の14C年代を暦年較正した結果である。この年代は光谷拓実氏による年輪年代とも整合的である。
弥生時代中期の始まりが前380年頃と最初に発表したときに、特に問題にされたのは弥生早期〜前期前半の鉄器はさしおくとして、前期末・中期初めには確実に鉄器が存在することであった。すなわち、中国では鉄器は戦国時代中期に普及し、その製品が周辺の朝鮮半島や日本列島に及ぶのは燕の勢力が遼河を越える前300年よりも後のことであって、弥生前期末・中期初めが前300年をさかのぼることは考えられず、したがって弥生前期末・中期初めの14C年代は実際よりも100年は古すぎるという批判であった。
しかし、これまで前期末までさかのぼる確実な例とされた山口県山の神遺跡、福岡県前田山遺跡の鉄器(注6)では中期の土器も出土しており、現在、弥生前期末までさかのぼるという鉄器の確実な例はない。現在知られている資料に基づくかぎり、弥生時代の鉄器の歴史は、鋳造鉄斧またはその破片を再加工した斧、ヤリガンナ、鑿などから始まると考えるのが妥当である。そして、その時期は中期初めまでさかのぼるか、前半までくだるかといったところが現状であろう(注7)。
北部九州で前漢鏡を副葬した甕棺墓は、須玖?式の時期とされ、鏡は前2世紀後半(漢鏡2期)と前1世紀前半(漢鏡3期)に属すると岡村秀典氏はみなし、前1世紀中頃に位置づけている(注8)。14C年代では須玖?式は前200年頃から前40年の年代が得られているので、14C年代は中国からもたらされた文物の年代とも整合的である。
弥生時代前期に関しては、較正曲線が水平になる時期と重なっているために、実年代をしぼることが難しい時期(いわゆる2400年問題)になっている。昨年、東広島市黄幡1号遺跡で前840年〜前200年の年輪年代をもつヒノキの板材4点が光谷拓実氏によって検出され、私たちもその木材から試料を採取することができたので、現在、10年刻みで14C年代の測定をおこなう準備に取りかかっている。また、長野県飯田市畑ノ沢埋没樹林の樹木(前701年〜前194年)の測定も進めており(注9)、それらの作業が完了すれば、弥生前期〜中期の間の年輪年代と14C年代との相関関係は日本のデータで明らかになる見通しである。つまり、問題の弥生前期の較正年代を得るさいに基準となる、より精度の高い較正曲線が得られるはずである。
弥生前・中期の社会発展の問題を追究するうえで、中期の実年代の確定はきわめて重要である。弥生前期末から中期の年代測定例はまだ少ないので、今後ともデータの蓄積をつづけ、より確かな実年代を示すことができるように努めたい。
今回の較正年代の計算ではINTCAL98を用いているが、今年になって更新されたIntCal04を用いても大勢に影響はないことも説明した(図9・本ホームページINTCAL98からIntCal04へを参照)。発表後も、南方遺跡例など、弥生前期と中期の境のころの較正年代の読みとり方や、2400年問題直後の380〜350年頃の年代に当たる試料がどれに当たるのかなど、会場から活発な質疑があった。時間の関係から十分に意を尽くした説明は行えなかったものの、1点や2点の測定から年代を推定しているのではなく、考古学的な位置づけが確実で、状態などが良好な試料を多数測定することで、統計的にも確度を高め、より実年代推定について確実さを増すことができることを説明した。また、較正曲線、とくに2400年問題前後の波行が激しい部分に関する理解について、会場からの質問に見る限り、依然として誤解が多いと感じられ、今後の説明においてもさらに留意していく必要を感じた。
<註>
1) 西本豊弘編 2005『弥生農耕の起源と東アジア−炭素年代測定による高精度年代体系の構築−平成16年度文部科学省科学研究費補助金・学術創成研究・研究成果報告書』国立歴史民俗博物館
2) 長崎県教育委員会 2005 『原の辻遺跡 総集編?−平成16年度までの調査成果−』
なお、原の辻遺跡の土器付着物については、その後も測定を重ねつつある
3) 財団法人東広島市教育文化振興事業団2005 『黄幡号遺跡発掘調査報告書』 文化財センター調査報告書第47集
4) 光谷拓実 2004「弥生時代の年輪年代」『季刊考古学』88、pp.40-44
5) 和泉市教育委員会 2004『史跡池上曽根99』第1分冊−本文編・付編
6) 石川日出志 2004「炭素14年代の解釈」(春成・今村編)『弥生時代の実年代』pp.167-172、学生社
7) 春成秀爾 2004「弥生時代の年代推定」『季刊考古学』88、pp.17-22
8) 岡村秀典 1999『三角縁神獣鏡の時代』吉川弘文館
9) 尾嵜大真・坂本稔・今村峯雄・中村俊夫・光谷拓実 2005「日本産樹木による縄文・弥生境界期の炭素14年代較正曲線の作成」『日本文化財科学会第22回大会 研究発表要旨集』日本文化財科学会、pp.130-131