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学術創成研究費
「弥生農耕の起源と東アジア−炭素年代測定による高精度編年体系の構築−」

岡山現地研究会

日 時:平成17年2月19日(土) 13:00〜17:30
会 場:岡山市埋蔵文化財センター 会議室
参加者:約30名
内 容: 1.挨 拶
(西本豊弘)
(岡山市教育委員会文化財課 出宮徳尚)

2.岡山県と香川県の年代測定結果の検討
(小林謙一・春成秀爾)

3.測定結果の解釈と付着物の検討
(今村峯雄)

4.年代測定の遺跡と遺物
  1)彦崎貝塚
(灘崎町教育委員会 田嶋正憲)

  2)南方遺跡
(岡山市埋蔵文化財センター 扇崎 由)

  3)南溝手、百間川原尾島4、高松田中、百間川沢田3、伊福定国前
(岡山県古代吉備文化財センター 米田克彦)

  4)林・坊城、龍川四条、川津下樋、前田東・中村、鴨部川田?遺跡
(香川県埋蔵文化財センター 信里芳紀)

  5)居石、東中筋遺跡
(高松市教育委員会 山元敏裕・小川 賢)

5.質 疑・討 論

研究会の概要
第3回目の現地研究会を岡山市埋蔵文化財センターにおいて、2005年2月19日におこなった。会場には岡山と香川の資料提供者を中心に30人ほど集まった。
岡山市教育委員会文化財課の出宮徳尚課長の挨拶のあと、小林謙一氏が年代測定結果を報告した。考古学者の中でもっとも年代測定に精通している小林氏の発表は、内容がきわめて高度で難解なうえ、早口なこともあって地元の参加者には理解しづらいだろうと判断した司会の藤尾は、今村峯雄氏とも相談し、今村の発表の中で概説的な話を加えるようにお願いした。
小林氏の発表をふまえて春成秀爾氏は、較正年代の結果や、背景、意味するものについて人文科学的な説明をおこなった。
縄文晩期・黒土B?式土器は、前1300〜1050calBCで、大洞B1式より古いものが含まれている可能性のあること。瀬戸内最古の突帯文土器である前池式は前1000年前後で、山の寺・夜臼?式より古いこと。遠賀川系土器は前650年頃に出現すること。中期は380〜350cal BCのどこかで始まること。弥生?期は前100年頃というのが概要である。
晩期前半と考えてきた土器が一部後期にあがる可能性のあることは、西日本における近年の研究動向とも一致している。突帯文土器の出現は、近畿の研究者が指摘していたように近畿・瀬戸内の方が九州北部より古いが、瀬戸内における夜臼系壺の出現は、九州の研究者が指摘していたように夜臼?a式併行の段階まで下ること。瀬戸内の遠賀川系土器の出現は、従来の年代観通り九州北部に比べて遅れるが、予想以上に遅れること。中期の始まりは九州北部と同じ頃であることなどが明らかになったのである。
瀬戸内の遠賀川系土器の出現は、いわゆる2400年問題の後半にあたるため、これ以上絞り込むことはできないが、現在進行中である、日本産樹木の年輪年代と炭素14年代とのウィグル・マッチングによって、近い将来、明らかにできることも紹介された。
続いて今村氏が、測定結果の解釈に加えて付着炭化物とは実際に何なのかについて検討結果を報告した。岡山市南方遺跡出土の?期に比定された甕の内面から見つかった試料に、300〜400年の海洋リザーバー効果が認められること。同じく南方の甕の内面にC4植物起源と考えられる炭化物が2点確認されたことが報告された。
ヒエやアワなどのC4植物が、弥生時代の遺跡から見つかることは稀だが、西日本の各地で、甕内面の煮焦げから数例確認しているので、弥生時代の穀物や雑穀利用の実態解明に、AMS−炭素14年代測定が間接的に大きな役割を果たしていく可能性が示された。
資料が見つかった遺跡の説明がおこなわれたあと議論にはいった。福岡とは異なり従来の年代観との矛盾について説明を求められることはなく、むしろ測定法や確率密度など、炭素14年代測定法や統計に関する質疑がおこなわれた。
時間不足から土器ごとの細かい型式学的な検討ができなかった。発掘した側と測定側が型式学や測定結果について、膝をつき合わせた議論をおこなうことが、現地研究会の目的であるため、今後は現地検討会と、研究会を別立てにしておこなうことも必要ではないかと感じた。
(文責 藤尾慎一郎)


岡山現地研究会発表

年代測定を行った土器を持ち寄って検討した


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