西谷 大
今回の災害展示のメッセージはいったい何なのかということを、よりはっきりさせる段階にきたと思います。理系の場合と歴史学とでは、同じ歴史災害をあつかっても、かなり視点が違います。理系の展示に対する期待は、まず過去の歴史災害のメカニズムと被害状況、次にそこから導き出される防災のための具体的方法と、人々の防災意識を啓蒙することに関心が高いように思います。一方、北原さんが意図するのは、防災といった観点だけでなく、これまでの歴史災害において、人々がどう災害とむかいあったのか、そこには復興と一言で簡単にかたづけられない世界が広がっている、むしろそこに現在の私たちが学ぶべき姿あるといった視点だと思います。
さて前回東北大学で開かれた津波研究会で、災害を展示する意味はいったい何かという議論がでました。市民の防災意識の喚起を呼び起こさず、歴史災害を教訓的に扱わないような展示は意味がないという意見に対して、ゲストスピーカーである原田憲一さん(山形大学理学部地球環境学科)から、歴史災害を今までのように「防災」という視点だけで捉えるのでは不十分ではないかという意見がだされました。
原田さんは、災害も地球の歴史の一こまとして捉え直せば、自然活動の一つであり、例えば火山活動も地球の造山運動の帰結にすぎず、「人間の歴史の間に火山爆発があるのではなく、人間の歴史は火山爆発の歴史の間をぬって生きつづけてきた」としてとらえられるべきだと主張しています。そして、地球大の視点をもって人間と大地の関わりを文明史的観点から解明していく必要性を提唱し、それが「文理融合」の新たな学問の創出につながると強く主張されています(原田憲一「日本の進路と地学教育の役割」『21世紀の地学教育を考える大阪フォーラム』報告書、2001年5月)。
今回の展示の意図より、はるかにスケールが大きい意見です。展示のメッセージはいったい何なのかという問題が、常に頭のすみに引っかかっている私のような災害研究の素人にとっては、なるほどこういう視点もあるのかと勉強になりました。
第3回研究会(地震部会)のおり、武村雅之さん(共同研究者,鹿島建設地震地盤研究部)が、「関東大震災に関係した講演をしても、ようするに聞きにくる方の最終的な問いは、結局のところ自分の住んでいるところが安全かどうかですよ」という言葉が印象に残っています。実は、私も自分が今住んでいるところが、関東大震災規模の地震が発生したとき、安全かどうかという質問をしました。
災害を防災という視点だけで、展示をおこなえば、地域の歴史とそこに今住んでいる自分自身の身の安全に、市民の関心が集まるのは当然だと思います。ですから、佐倉で展示を開催し、主として首都圏の人々の来館を対象とした場合、関東でおこった地震などの歴史災害だけに重点をおいたほうが、はるかに一般市民の興味を引くであろうことは容易に想像がつきます。また防災という視点だけですと、たとえば日本各地で展示をおこなったとしても、その地域に関係する災害についてだけ展示すればいいという発想にもつながります。
しかし、今回の展示の目的は、けっして地域の防災意識を高めることだけに限定したものではありません。災害というものを、さまざま側面からとらえるだけでなく普遍化しつつ、しかも具体的に展示を組み立て、広く市民にみてもらうための戦略をたてるには、「歴史災害から何を学ぶか」という、その「何(復興)」の部分をより強調する必要があるかと思います。
さて、少し話題をかえて、人々はなぜ博物館に足を運ぶのかという動機の一例を、最近の展示から考えてみたいと思います。歴博でこの夏、企画展示「異界万華鏡」を開催し、6万人近い入館者を記録しました。しかも、客層が今までとは異なり、若返ったことが大きな特徴だったと思います。一部に「お化け屋敷」だとか、「研究展示ではない」とか、「大衆に迎合している」などの批判があったとも聞きます。しかし展示内容は、妖怪・占い・あの世を研究課題としている研究者の、根拠のある学問的成果を展示した研究展示でした。展示室は熱気にあふれ、展示室内部でビジターが「またこようね」というやりとりをしているのを何度か聞きました。なぜ、ビジターの共感をよんだのでしょうか。
ただ資料を並べただけの展示が多い歴博の企画展示のなかで、展示場で妖怪に関係したさまざまな遊びをとり入れた参加型の展示や、ベストセラー作家の京極夏彦さんを交えたフォーラムを開催するなどの工夫も来館者の多さに結びついていると思います。それだけでなく、展示内容が自分たちの心の中にある、不可思議なもうひとつの世界がいったい何なのか、それを知りたいという気持ちを展示に投影した点にあったのではないでしょうか。見る側はおそらくそれほど明確に意識していないでしょうが、いったい人とは何か自分とは何かという疑問を無意識に感じており、それを展示から読みとろうとしたことが、人々を展示場に足を運ばせた動機の一つになっているのではと想像しています。
これまでの歴博の常設展示に欠けていたものはなにか。それは一言でいえば、おもしろいとおもわせる要素、つまり見る人に感動をよびおこす要素だと思います。情報は盛りだくさんです。でも、人を感動させる展示ではけっしてない。私にとって人を感動させる歴史展示とは、歴史のダナミックな流れを感じさせ、人とはいったい何者なのかという問いを、見る側に感じさせる展示です。私には、かつて歴博の展示を変えてみたいという夢がありました。旧石器・縄文・弥生、そして古墳から奈良時代、さらに中世から近世への移り変わりを、時代ごとに個別に展示するのではなく、一つの空間でまるで螺旋階段のように歴史の流れが一望に体感できるという展示です。人の一生をたどるように歴史をたどれる。見る側は、展示の前に立つだけで、個別に切り取った時代の一側面や歴史的事実だけでなく、圧倒的な人の歴史の流れを感じ取れるという展示です。
インターネット上のデジタルミュージアムは、多くの情報を瞬時にえることができます。しかし、画面からは感動させるパワーは、私には感じられません。情報発信や、展示を教育に使うことも博物館の機能の一つとして必要でしょう。しかし、それだけではおそらく博物館が、人に感動をよびおこす存在にはならないと思います。感動のない場は、やがて見捨てられます。
市民の災害に対する関心は、本当は非常に高いと思います。しかし、一方、人には災害という現実を直視せず忌避し、すぎさってしまえばなるべくすぐに忘れようとする傾向があります。ですから大変な努力をして、ハザードマップを製作し、災害危険地域の住民に配布してもなかなか見てもらえないのが現実のようです。今回の展示が災害に対するさまざまな面を、一般の人に知ってもらいたい。さらに災害に対する意識を変える一つの足がかりにしようとするならば、日本人が災害に対してどう対処してきたかを強く主張する意図はよく理解できます。いいかえれば災害を通じた、日本人の人と自然との関係にまで足をふみこむ必要があるのでしょう。また災害を通じて人とは何かという側面から、見る側の心を動かすような展示を組み立てる努力をしない限り、災害に対する人々の意識も変わらないのではないでしょうか。今回の災害展示に、理系の災害研究と人を織り込んだ歴史性をあわせもたせる意味は、まさにこの点にあるように感じています。
にしたに・まさる 「歴史資料と災害像」共同研究委員。国立歴史民俗博物館助手。東アジア考古学。歴博の企画展では「倭国乱る」「お金の玉手箱」に参画した。