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国立歴史民俗博物館研究報告会
「弥生時代の実年代」
−2003年12月21日配布資料−

 

編集・発行 国立歴史民俗博物館
〒285-8502 佐倉市城内町117
電話 043-486-0123
発行年 2003年12月21日

研究報告会


次第

司 会齋藤努(歴博)
13:30〜13:40開会の辞  宮地正人(歴博)
13:40〜14:10「2003年度の炭素14年代の調査」  藤尾慎一郎(歴博)
14:10〜14:40「弥生時代の実年代」  春成秀爾(歴博)
 (休 憩)
15:00〜15:30「青銅器からみた弥生時代の実年代」  宮本一夫(九州大学大学院)
15:30〜16:00「世界のAMS研究の現状と課題」  今村峯雄(歴博)

 

はじめに

 弥生時代の遺跡の年代は、1990年代後半以降、中期を中心に揺れ動きが著しいが、今や早期や前期など、いわゆる弥生開始期の年代についても新しい年代観が提示されつつある。歴博では2001年度から重点基盤研究A「縄文時代・弥生時代の高精度年代体系の構築」(情報資料研究部・今村峯雄教授研究代表)により、東日本の縄文土器編年とならんで、韓国・九州を対象とした弥生開始期の高精度編年に取り組んできた。2003年3月には国内外の研究者を集めて、国際研究集会として検討会をおこない、さらに5月には日本考古学協会第69回総会でも発表し、学界のみならず社会でも大きな衝撃を与えた。
 その後本研究グループでは、データが不十分であった九州北部の縄文後・晩期、岡山・近畿の弥生前期から後期、および韓国南部の併行する時期の試料の測定を現在おこなっている。ついてはデータが出そろう年末に、この問題に関心をもつ研究者と市民にこの成果を広く周知させ館内外に対して歴博の最先端歴史学の研究成果をアピールする機会としたい。
 なおこの講演会は、国立大学共同機関たる歴博が共同研究の成果を一般に公開する手段の1つである。

 

調査の概要

研究メンバー:今村峯雄、春成秀爾、藤尾慎一郎、坂本稔、小林謙一


 2003年5月から12月までの間に、西日本各地および韓国南部の考古資料の年代を、AMS法による炭素14年代測定法によって測定し、INTCAL98を用いて較正した。資料は、西日本各地(縄文時代後期から古墳時代前期)および韓国南部(無文土器時代)で発掘された土器に付着していた炭化物69点以上、炭化米2点、漆2点、建物柱7点など計80点以上である。その結果、明らかになったことのいくつかについて報告する。
 炭素14年代測定法によってこれまで測定したところでは、北部九州の弥生早期の始まりは前10世紀、弥生前期の始まりは前9世紀末〜前8世紀前半、中期の始まりは前4世紀前半である。四国の弥生前期は、前9世紀末〜前8世紀前半以降で、北部九州より若干遅れる可能性もある。近畿の弥生前期の始まりは前8世紀〜前5世紀の間にあるが、まだ十分にしぼりこむ段階にいたっていない。中期の始まりは前4世紀前半〜中頃である。
 韓国南部と北部九州の土器型式の併行関係は炭素年代においても追認され、朝鮮半島の無文土器の各時期も通説よりもはるかに古いことが再確認された。
 測定は現在も継続中であるので、従来より細かな年代を提示できるよう努力したい。なお、試料の前処理は国立歴史民俗博物館でおこない、測定はベータ・アナリティック社、東京大学原子力研究総合センター、名古屋大学年代測定総合研究センターでおこなった。測定機関の間で測定値にバラツキがないかを確認するために、うち10点については、同一試料を2機関で測定したが、測定値の差は誤差の範囲内にとどまった。
 測定にあたっては、日本および韓国の諸機関の多くの研究者から試料の提供を受けたことを記し、感謝の意をあらわしたい。

測定結果とその解釈

 測定結果とその解釈について詳しく述べると、以下の通りである。
 1) 北部九州の弥生早期の始まりについては、縄文晩期の黒川式(新)の年代が、前1120〜前910年(90%以上の確率)の間にあった(佐賀県東畑瀬3点、石木中高遺跡2点を測定)。夜臼?式の年代は現在測定中である。しかし、黒川式(新)の年代がはっきりしたことで、弥生早期が前10世紀に始まる可能性は依然として高い。
 2) 四国の弥生前期の土器、数点を測定したところ、前810年〜前600年ごろの年代に相当することがわかった(高知県居徳遺跡3点、ほかに5点を測定)。北部九州の弥生前期(板付?式、前9世紀末〜前8世紀前半)より遅れて四国で弥生前期が始まった可能性もある。
 近畿の弥生前期の年代は、?期古段階と?期中段階を測定した(奈良県唐古・鍵遺跡3点、大阪府瓜生堂遺跡1点)。いずれも前8〜前5世紀の間におさまった。現在、縄文晩期の年代を測定中であるので、近いうちに、よりしぼりこむことができると考えている。近畿では、北部九州最古の板付?式に併行する段階の土器型式を欠いているので、弥生前期が北部九州よりも遅れることは確かであろう。
 3) 北部九州の弥生中期初め(城ノ越式)は前4世紀のうちに収まる(福岡市雀居遺跡1点、日田市大肥条里遺跡1点)。中期前葉の須玖?式の年代は、前4〜3世紀の間にある(福岡市姪の浜遺跡1点)が、前3世紀の可能性が大きい。
 中国地方では、弥生中期初めは前390年〜前220年の間におさまる(岡山市南方遺跡4点)。中期の始まりは前4世紀である確率がもっとも高い。
 近畿地方では、弥生前期末・中期初めは前390年〜前250年の間におさまる(奈良県唐古・鍵遺跡10点)。中期の始まりは前4世紀である確率がもっとも高い。
 4) 韓国南部の無文土器は各時期の年代を測定した。結果を世紀であらわすと次のとおりである。
   無文土器早期(突帯文)      前13〜前11世紀
   無文土器前期(孔列文)      前13〜前11世紀
   無文土器中期前半(先松菊里式)  前10〜前9世紀
   無文土器中期後半(松菊里式)   前 9〜前 8世紀
 韓国と北部九州の土器型式の併行関係は、無文土器前期―黒川式、無文土器中期前半―夜臼?・?式、無文土器中期後半―板付?式とみなされている。炭素年代もよく一致しているといってよいだろう。無文土器早・前期の年代が重なっているので、これについてはこれから測定例をふやして、それぞれの年代をよりしぼりこんでいきたい。なお、この結果は韓国ソウル大学校のAMS年代測定結果とも整合的である。



「2003年度の炭素14年代の調査」
   藤尾慎一郎(国立歴史民俗博物館)

資料2 分析遺跡の分布 (pdfファイル)
資料3 分析した遺跡・資料一覧表 (pdfファイル)
資料4 分析した代表的な土器(写真) (pdfファイル)
資料5 韓国・九州・四国の資料(図面) (pdfファイル)
資料6 近畿の資料(図面) (pdfファイル)
資料7 関連資料の年表 (pdfファイル)
資料8 土器形式一覧 (pdfファイル)


「弥生時代の実年代」
   春成秀爾(国立歴史民俗博物館)

1. 弥生時代の炭素年代・年輪年代
 炭素14年代測定法によって2003年12月までに測定した範囲内では、
 1) 北部九州の弥生早期の始まりは10世紀、弥生前期の始まりは前9世紀末〜前8世紀前半、中期の始まりは前4世紀前半である。
 2) 四国の弥生前期の始まりは前9世紀末〜前8世紀前半で、北部九州と並ぶか、または遅れる。
 3) 近畿の弥生前期の始まりは前8世紀〜前5世紀の間にあるが、まだ十分にしぼりこむ段階にいたっていない。中期のはじまりは4世紀前半〜中頃である。
 4) 近畿・中国地方の炭素年代と年輪年代とは、判明しているかぎりでは整合的である。

2. 韓国無文土器時代の炭素年代
 韓国南部の無文土器の各時期も通説よりもはるかに古く、ソウル大学校での測定結果を追認することになった。韓国南部と北部九州の土器形型式の併行関係は炭素年代においても確認された。

3. 鉄器の問題
 2003年5月に炭素年代の結果を公表後に大きな問題になったのは、弥生早・前期の鉄器の扱いである。私の見解は次のとおりである。
 1) 奈良県唐古遺跡の弥生前期に属する「鉄さびがついた刀子柄」とされる鹿角製品は、「弓筈形角製品」の誤認であり、「鉄さび」も誤認である。
 2) 熊本県斎藤山遺跡の鋳造鉄斧は崖下に再堆積した層(腐植土層中の貝層)からの出土であって、弥生前期と断言することはできない。発見場所の直上は中期初めの土器を含む再堆積層であるので、中期初めの鉄器の可能性がつよい、と私は考える。
 3) 福岡県曲り田遺跡の鍛造鉄器は、出土位置を示す図や写真が報告書に掲載されていないので、弥生早期に属することを第三者は検証できない。
 4) 福岡県今川遺跡の鉄鏃は鍛造品であるうえに、形状は弥生後期のものによく似ており、弥生前期初めとするには問題が多い。
 5) 鉄器による木の加工痕は弥生早期から存在するという説がある。九州では、木の杭は弥生早期(先?期)から鉄器によって加工されているが、木製農具は弥生中期中頃(?期)からである、という。近畿では、木の杭は弥生前期(?期)から鉄器によって加工されているが、木製農具は弥生後期(?期)からである、という。日本列島では鉄器は、登場して以来、長期にわたって木の杭を尖らせるために使われていたことになる。石斧と鉄斧による加工痕の識別に誤りがなければ、杭の時期の判定に誤りがある、と私は考える。杭は古い遺物の包含層の上のほうから打ち込むので、時期の判定が難しいからである。
 6) 現在確実に最古といえる鉄器は、山口県山の神遺跡から出土した鋳造の鉄鋤(鍬)先である。現状では、弥生早・前期には鉄器はなく、弥生前期末・中期初めとされる時期に鋳造の鉄斧などが大陸から伝来したと考えるほうがよいだろう。

(上)図1:奈良県唐古遺跡の「刀子柄」(1)、「弓筈形角製品」(2)と鉄刀子を装着した鹿角製刀子柄(3,4)
(下)図2:熊本県斎藤山遺跡の鉄斧と出土位置
(上)図3:福岡県今川遺跡の鉄鏃(1)と類似例、福岡県曲り田遺跡の鉄器(8)、山口県山の神遺跡の鉄鋤先(9)
(下)表1:弥生時代の木製品と推定される工具材質

 

「東アジアにおける青銅器の実年代と弥生時代の暦年代」
   宮本一夫(九州大学大学院)

1. はじめに
2. 朝鮮半島における青銅器の変遷
3. 青銅器の変遷と実年代
4. 朝鮮半島における鉄器の年代
5. 土器の併行関係からみた弥生の実年代
6. まとめ

参考文献
武末純一 2003 「無文土器と弥生土器の併行関係からみた暦年代」『東アジアの古代文化』117号
宮本一夫 2002 「朝鮮半島における遼寧式銅剣の展開」『韓半島考古学論叢』すずさわ書店
宮本一夫 2003 「東北アジア青銅器文化からみた韓国青銅器文化」『青丘青銅器文化』第22集
宮本一夫 2003 「弥生の実年代を考古学的に考える」『東アジアの古代文化』117号

 

「世界のAMS研究の現状と課題」
   今村峯雄(国立歴史民俗博物館)

 


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