展示案内「中世の古文書 -機能と形-」

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当事者間の文書-土地売買、起請文

明阿弥陀仏屋地寄進状(1366年)
(本館蔵)

続いて当事者間でやり取りされる文書についてお伺いしたいと思います。

小島: 中世になると役所を介さない、人と人との関係で物事が動くようになってきます。代表的なものが土地の売買です。現代でも土地は役所に届け出て登記をしないと正式なものとして認められませんよね?

はい。

小島: 古代の日本も同様で、土地をきちんと役所に申請し、承認してもらう形をとっていました。ところが、中世になって役所が機能しなくなると、当事者間で「この土地は確かにあなたに売りました」といった文書をやり取りして、役所を介さずに土地の所有者を決めてしまうようになります。

古代から中世にかけての社会の変化が文書に現れているんですね。

小島: この文書はとても面白いですよ。これは明阿弥陀仏(みょうあみだぶつ)というおばあさんが土地をお寺に寄進するという文書です。

小島: 明阿弥陀仏さんはもともと字が書けなかったのか、それとも手が不自由だったのか分かりませんが、署名の後に拇印を押しています。では拇印のさらに左横にある黒い点は何だか分かりますか?

これは…何でしょう。汚れのようにも見えますが。

小島: これは汚れではなく右3本左2本の指を使った爪印(つめいん)です。文書が身体の延長線上にあることを示すとても興味深い資料ですね。

他に当事者間の文書として起請文(きしょうもん)という形式があります。

近江南郡村々住民等起請文(1572年)(本館蔵)

小島: このおどろおどろしい文書は神仏への誓いを記したものです。破ったら「八万四千の毛穴ごとに罰を被る」といった恐ろしい文言が書かれています。

八万四千の毛穴ごとに…考えるだけで恐いです。

小島: これは役所なんて全く関係なく、「約束を破ったらひどい罰を受ける」と誓った文書で、究極の当事者間の文書と言えます。逆に言えば役所の権威がないからこそ、神仏の罰を担保に約束をさせようとするわけです。中世社会のあり方を映し出している文書ですね。


文書の物神性

小島: 考えてみると、文書はすべて約束を誓った起請文であり、お札みたいなものであると言えます。文書はただのテキストデータではないんです。モノとして、署名したり体の一部を押したりして、自分の身体の延長上に何かを保証したことを伝えようとしています。ですから文書をもらった方も大事に受け取って保存するわけです。

なるほど。

小島: 今回モノとしての文書の意味を改めて考えさせられました。物神性と言いますが、呪術的な力を持っているお札のようなものとして文書を見る傾向が日本人にはあるようです。

展示の中に制札(せいさつ)と呼ばれる木札があります。これは「○○してはならない」といった条文を書いているものですが、これは掲示するために木に書いたと思いませんか?

違うんですか?

小島: ところが調査してみると、原本は掲示しないんです。掲示すると必ず裏面に跡が残るんですが、原本にはそれがなく、きれいなままなんです。そうすると機能的には木である意味がないんです。

そうですね。

小島: 他にもお札などは木に書くものが結構あります。そう考えると、木に書くということ自体に非常に意味があるんです。木の方が保存性が高いですし、漆を塗ったりしてとても上等に作ってあります。やっぱり呪術性を持つものとしてお札と同じように考えられていたのだと思います。文書の物神性――文書がモノ自体としての意味をもつことについて、今回の企画展示を通じて非常に考えさせられました。

文書の素材-紙の世界

豊臣秀吉朱印状(1592年)(本館蔵)

豊臣秀次朱印状(1593年)(本館蔵)

文書には紙の善し悪しも関係するんでしょうか?

小島: よくぞ聞いてくださいました。展示の第IV章では文書の素材を取り上げています。専門家の富田正弘先生(編者注:富山大学名誉教授)をお呼びして、「これで日本の文書に使った紙は網羅できる」というほど非常に充実した展示となっております。

一概に紙といっても種類は本当にさまざまで、富田先生はざっくりなんと24種類に分けていらっしゃいます。面白いのが、同じ植物の繊維を使っても、製法によって全く違う紙ができることです。特に楮(こうぞ)は、さらし方を変えたり、米の粉を混ぜることによって仕上がりが全然違います。

米の粉を混ぜるんですか。初めて知りました。

小島: そして、用途によって紙を使い分けるんですね。例えば証拠文書は厚手でしっかりしたものに書いていますし、普通の書状はもう少しフワフワなものを使っています。

秀吉の事例を挙げますと、秀吉は様式的には信長を踏襲しますが、偉くなっていくにつれて文書に使う紙が倍以上大きくなります。

小島: 材質も横皺が目立つようなバリバリゴワゴワの紙を使うようになります。大きさと材質を変えることによって、信長の文書と差をつけているわけです。また、大陸に目を向けていた秀吉ですから、日本より大きな紙を使用していた中国や朝鮮の影響を受けたという見方もできます。

紙からいろんなことが分かるんですね。

小島: もう一つ事例を挙げましょう。これは秀吉の甥の秀次の文書です。

小島: 秀次の文書は秀吉のものと様式も大きさも材質も全く同じです。全く同じ文書を二人から出しているという状態は穏やかではありません。いずれどちらかが倒れることが容易に想像できます。

そして実際にそのとおりになってしまった…(編者注:後に秀次は秀吉に高野山へ追放される)。


展示場風景

小島: 展示では他にも木や石に書かれたものや、色の付いた文書などをお見せしています。先ほどの物神性との話とも関わりますが、やはり展示場で実物を見ていただきたいと思います。そして、活字や画像からでは伝わらないものを感じ取っていただければ幸いです。

本日はありがとうございました。

(終)