時代を作った技-中世の生産革命-

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最先端の技術(2)—南蛮漆器と鏡

草花蒔絵螺鈿箪笥(本館蔵)
牡丹双鳳鏡(個人蔵 写真:京都国立博物館提供)
牡丹双鳳鏡(「湖州昌卿造」と記された側面の写真)
鏡鋳型(京都市考古資料館蔵)

村木:あと今回注目してほしいのは、南蛮漆器ですね。これはいろんな国の技術を融合させて作られているところがポイントです。南蛮漆器はヨーロッパでは日本のものの代表で、漆器のことは“japan”と呼びますよね?ですけれど、鍵はヨーロッパ式、漆は日本のものは高いので東南アジア産のものも混ぜて、当時最新の金属だった真鍮、螺鈿は朝鮮半島系の方法と、実にさまざまな地域の技術を、おそらく京都で融合させて作っています。

まさに技術の粋といった感じですね。

村木:はい。時代の技術の結晶と言えます。ヨーロッパでは漆器がないこともあって非常に喜ばれたので、当時の日本の輸出品の代表格ですね。

南蛮漆器の他にも、鏡なども展示されていますよね。

村木:鏡は今回面白い資料を展示してあります。中国で製作したという銘文が入っている鏡があるんですが、湖州という鏡の有名なところで昌卿という人が作ったと記してあるんです。ところが実際は京都で作っていることが明らかです。

そうなんですか?

村木:京都で大量に作っているんです。鋳型(いがた)も出てきますから間違いないです。

つまり“Made in China”と書いてあるけど、本当は日本製だったと。

村木:そうです。そうすると“Made in Japan”だからといって特別に珍しがるということはなかったのかな。いいものであればいいという考えでしょう。

なるほど。

村木:展示ではあまり深く踏み込んでいませんが、日本の鏡は粗型という型を作って、その上に細かい土を塗って、へら押ししていくので、一回鋳造したらその鋳型は使えないんです。鏡を鋳型に押しつけてコピーを作ることもできるんですが、それは絶対にしないというのが中世日本の変なルールなんですよ。

そうなんですね。

村木:だから中世の日本では基本的に同じ鏡ってないんですよ。一方、朝鮮半島や中国では基本的に踏み返し(元の鏡から型をとってコピーを作る方式)なので、どんどん鏡の質が悪くなっていくんです。日本の鏡も朝鮮半島や中国で踏み返されて、コピーが作られているんです。だから、日本の鏡は質が高いものとして扱われたんだと思います。実際に文様も細かいですしね。

日本式の場合、鋳型は一回使うと破棄してしまうということですよね?あまり遺物として出てこないのでしょうか?

村木:はい。鋳型が出てくることは稀ですね。鋳型は京都駅付近からはある程度出ていますが、あまり残らないものがこれだけ出てくるということは、逆に言えば相当な量を製作していたんだと思います。

人海戦術という技術

江戸城の石垣を切り出した早川石丁場に残る巨石
「石切図屏風」〈部分〉(小田原市郷土文化館蔵)

最後のコーナーが「モニュメントの建造」を扱っているのは、近世へのつながりを意識されているのでしょうか?

村木:それは意識しています。それと、中世の技術の集大成という意味で城郭を取り上げています。コーナーの最後で石を扱っているのは、とにかく石の調査に時間をかけたからです(笑)。ただ、石は重いからなかなか持って来られないですし、どういう形で展示するのかは悩んだところです。今回は最後に持ってくることで現代の技術とのつながりを意識できるエピローグを兼ねたコーナーとしています。

城郭にはさまざまな技術が使われていたのでしょうか。

村木:それはもう。権力者の金に糸目をつけないやり方ですので。ただし、モニュメントとして建造されるのは織田信長の頃からです。戦国時代の前期ですと、瓦葺きではないし、天守閣もないですし。それが安土城のような戦争に向いてない城を作るようになるんですね。それは完全に権力者のモニュメントです。

城郭の意味も時代によって変わるんですね。

村木:城郭の建造には大量の人間を動員して作っています。ただ、技術者だけで作ろうとすると人が足りないのです。そこで瓦作りに関しては、それまで糸で切っていた部分を針金に変えて、大量生産のための効率化をすすめます。採石に関しては人海戦術です。

人海戦術なんですか?

村木:戦国時代の末から近世初にかけての採石の遺構を調査すると、石にキャタピラみたいに矢穴の跡が残っているんですよ。

村木:石を割る時は、くさびのような「矢」を打ち込んで、押し広げて割るんです。そのためには石のどこにどういう風に矢を打ち込んだら効率的かを考えます。その上で矢を入れるための「矢穴」を掘るんですが、この作業がものすごく時間がかかるんです。

はい。

村木:だから、極力矢穴の数は少なくしたいわけですよ。ですけれど、この時期の石には矢穴がびっしり掘られている。つまり、下手くそなんですよ。

そうなんですか(笑)。

村木:これだけ矢穴を掘れば、間違いなく割れます。ただ、時間はめちゃくちゃかかります。これを技術の平準化、平易化と呼んでいます。職人ではなくて、人海戦術でやるという技術ですね。松田さんが一緒に調査をした現代の石工の方も「下手くそだねぇ」と仰ってます(笑)。

とても面白い話ですね。

村木:ええ。でもそうじゃないと矢穴がたくさん掘られている説明ができないんですよ。やはり権力者が金に糸目をつけず大量の人間を動員したことによるものですね。

今日は本当に面白い話がたくさん聞けました。

村木:ぜひ展示場に足をお運びいただき、直接ご覧になっていただければと思います。

本日はありがとうございました。

(終)