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開催要項展示の目的展示資料

開催要項

新収資料の公開 平成16年度
開催期間2005年1月12日(水)~2月13日(日)
開催期間 平成17年1月12日(水)~2月13日(日)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室
入館料 常設展と共通 利用案内
開館時間 9時30分~16時30分(入館は16時まで)
休館日 毎週月曜日
主催 国立歴史民俗博物館

展示の目的

国立歴史民俗博物館の大切な活動のひとつに資料の収集があります。日本の歴史と文化を語る重要な歴史資料や貴重な文化財を、研究のため、また、散逸から保護するために収集しています。

毎年数多くの資料を新たに収集していますが、これらの中には、スペースや期間が限られた総合展示や企画展示では、公開が難しいものがあります。そのため、近年収集した資料の内、未公開、もしくは公開の機会が少なかった資料を、一年に一度、新収資料の公開という場を設けてご覧いただいています。

今回は、「アイヌ服飾関係資料」「染織品製作資料」「グラビュールにガラス絵望遠鏡」「前近代日本図関係資料」「近世医学関係資料」「聆涛閣集古帖」「高札」「怪談・妖怪コレクション」など、さまざまな分野から意義深い資料を出陳します。

主な展示予定資料

モノづくりの東西交流

  • グラビュールにガラス絵望遠鏡
  • 牡丹文蒔絵大皿

グラビュールにガラス絵望遠鏡
江戸時代に作られた和製望遠鏡の多くは、和紙をベースに漆を塗る一閑張(いっかんばり)技法によるものでしたが、本品はガラス製の筒に華麗な装飾を施す珍しいものです。筒の内側にガラス絵の手法で西洋人物などを描いて鮮やかに彩色し、表面はヨーロッパ伝来のグラビュールの技法を用いて入念に彫文様を表しています。筒のガラスは国産のようですので、レンズのみ輸入品を用いて日本で制作されたものかもしれません。

 

服飾・染織品製作資料

  • 袱紗下絵
  • 松藤杜若水辺鯉模様帷子
  • 鶴の声
  • 簪彫物雛形
  • 萬つくり物覚帳
  • 寿印色手本

アイヌの染織文化

  • サランペ(小袖)
  • アットゥシ(樹皮衣)
  • アットゥシ(樹皮衣)羽織
  • アットゥシ(樹皮衣)子供着
  • チカルカルペ(黒裂置文木綿衣)
  • 蝦夷錦幕
チカルカルペ(黒裂置文木綿衣 くろぎれおきもんもめんい)
チカルカルペは、黒や紺の木綿裂を切状(アップリケ)し、そこに刺繍を加えてアイヌ民族に独特の模様を施した木綿衣のことをいいます。この1領は茶色地の格子柄の木綿衣を下地に使っているが、もともとは和人の男性用のきものでした。こうしたものには、和人の求めに応じて作られたものも多いようです。(チカルカルペはアイヌ語で神様の棘)
蝦夷錦幕
蝦夷錦はアイヌ民族によって樺太経由でもたらされた大陸・半島製の龍文や牡丹文のある錦のことをいい、松前の港から各地に運ばれ珍重されました。この幕は、赤地に蟒(まん)(4本爪の龍)を織り出した中国官服の生地を用いて作ってあります。裏に文久3(1863)年の墨書銘があり、制作年代の下限が押さえられる資料として、高い価値を有しています。

前近代日本図関係資料

  • 南瞻部洲大日本国正統図

かるた

  • 地図かるた
  • 大名武鑑軽板
  • 文政武鑑

近世医学関係資料

  • 薬箱

聆涛閣集古帖

  • 聆涛閣集古帖
聆涛閣集古帖(れいとうかくしゅうこちょう)
鈴鐸部(れいたくぶ)に収載された隠岐国駅鈴(おきのくにえきれい)の図。古代の駅伝制で駅使に与えらえた鈴で、表裏に「駅」「鈴」の表記があります。拓本や前後左右天地からの詳細な見取り図が記載されています。現品は隠岐国造家(おきこくぞうけ)に伝来し、令文に規定された支給の駅場数を示す剋(きざみ)がないため、駅伝制が変質した平安期以降のものとする見解もあります。

怪談・妖怪コレクション

  • 「田むら」奈良絵本
  • 太平記怪奇絵巻
  • 錦絵「日新真事誌 疱瘡神の化身」
  • 錦絵「大阪錦画新聞 2号」
  • 海出人之図(越後国福嶋潟)
  • 時参不計狐嫁入見図
  • 錦絵「滑稽ばけもの双六」
  • 錦絵「玩具絵 しん板狐のよめ入」
  • 錦絵「白沢之図」
  • 錦絵「毛谷村六助(川虎と角力)」
「田むら」奈良絵本
御伽草子の一種で、通常「田村の草子」とか「鈴鹿の草子」と称されています。藤原俊祐と大蛇とのあいだに生まれた俊仁の悪路王退治や唐の高僧との法力合戦、俊宗の鬼退治など複数の妖怪退治譚から構成されています。江戸時代前期に制作されたもので「酒呑童子」などの英雄物語と比べても劇的な内容で、挿絵も豪華です。
大阪錦画新聞 2号
明治7年から10年頃まで、ニュースを伝える文章と錦絵が合体した新聞錦絵(錦絵新聞)が新しいメディアとして活躍し、庶民を主人公とした市井のさまざまな事件を取り上げました。記事は、人力車に乗せた3人の子供が途中で忽然と姿を消したという話で、振り返った車夫が空の車を見て驚くようすを描いています。

高札

  • 寛永十六年がれうた船渡海禁止高札
  • 偽金銀銭禁止高札
  • 明和七年徒党・強訴・逃散禁止高札(徒党札)

死絵

  • 二代目沢村田之助死絵
  • 嵐璃寛・四代目嵐三五郎・二代目中村松江・中村玉助死絵
  • 初代坂東志うか死絵
  • 三代目坂東三津五郎・五代目瀬川菊之丞死絵
  • 六代目岩井半四郎死絵
  • 五代目市村竹之丞死絵
  • 四代目中村歌右衛門死絵
  • 五代目市川海老蔵死絵
  • 二代目尾上菊之助死絵
二代目沢村田之助死絵(しにえ) 文化14年
死絵とは、江戸後期から明治にかけて、おもに人気歌舞伎役者の死去に際し、訃報と追善をかねて出版された錦絵です。単に死者の肖像を描くのではなく、死装束をつけ、樒(しきみ)や蓮華といった葬儀や仏事に関わるものを持たせたり、極楽への死出の旅路の様子や先に亡くなった役者を共に描くなど、死に関わるモティーフを積極的に描き込んでいるところが、現代と異なり大変興味深いものとなっています。人気役者ほど死絵の数は多くなり、当時の人気度を知る役割も果たし、情報が早ければ早いほど売れ行きが期待できたということです。昭和10年の初代中村鴈次郎を最後に以後追悼写真の時代となっていきます。