この夏、名古屋で「幕末明治ニュース事始め」と題する展示を見た。東京大学社会情報研究所が所蔵する小野秀雄コレクションがその目玉、というと2年前東京大学で開かれた「ニュースの誕生」展と同じ、いわばその名古屋バージョンである。巡回展ならいざ知らず、2年の歳月を挟んで、同じ史料で同じテーマの展示が行われるのは珍しい。くわえて、「ニュースの誕生」にはCD-ROM版も発行されている。息の長い展示である。そして生命力が衰えない展示である。名古屋で<ニュース>の展示を見て、その生命力のもと、新しさは何だろうと考えた。

名古屋の「ニュース事始め」展のキャッチフレーズは人は何を知りたがるのか、である。この問いに、展示は、人は何を知りたがったのかを示すことで答える。天変地異と新聞錦絵が展示の中心なのは「ニュースの誕生」と同じだ。ただし名古屋で新しく付け加わった史料も多い。高力猿猴庵を中心とした名古屋文人の記録活動の資料と濃尾地震関係の写真、絵、報告書などがそれである。中でも猿猴庵のかき残した図会、草紙、日記は白眉。16歳から72歳まで町の出来事を記録し続けた尾張藩士の史料は興味深い。ここにも、記録魔がまた一人いたという思い。新しい史料の発掘が展示に生命を吹き込んでいた。

史料というとCD-ROM版「ニュースの誕生」は収集された史料をどう使うかを読み手に問いかける史料集である。CD-ROMには瓦版600点と新聞錦絵300点が収録されている。事件、発行年代、キーワードで検索が可能。さらに画像はAcrobat Readerで拡大することができ、かつ読み下しは縦書きソフトT-timeで縦書きで読める。この最大の利点は「ニュースの誕生」の展示と図録では一部しか見ることの出来なかった小野コレクションの全貌が、パソコンさえあれば居ながらにして手元で見れることである。それも見やすく、読みやすく。歴史学でも資料集のデジタル化が進んでいるが、 これはその先端を切るメディア編集の新しい試みである。

さて、2年前の東京大学での展示だが、その展示のことは細部まで記憶に残っている。

この展示をぼくは神戸から見に来た。当時学生だったので交通費の工面には苦労したが、なんとか箱根の山を越え、枯葉舞う本郷に足を運んだ。理由は一点、阪神大震災がどう表現されているかを自分の目で見たかったからである。

結論からいうと、震災の新しい見方を得た。新しいものは並んでいなかったが、それらは新しく見えた。展示場の奥まった箇所に関東大震災と阪神大震災の対比のコーナーがあった。関東大震災の被害絵はがきはどれもどこかで見たことのあるものだったし、阪神大震災に至っては、あれは阪急夙川駅、これは本山第三小学校と、撮影地点を指し示すことのできる写真ばかりだった。新しいものは何もない。しかし、その光景が一番新しく見えたのだ。

映写機が史料と被災写真のスライドを次々と映し出す。あ、これは知ってる、あれも見たことがある。そう気付くが、同時になぜこの光景に反応するのか、という思いも生じる。それは私が知っている光景だから。なぜ知っているのか。ニュースに何度も出てきたから。知らず知らずのうちにニュースを内面化し、ニュースの眼でしか目の前の風景を見れなくなっていることに気付く仕掛けである。その視線から抜け出したとき光景は新しくなる。「ニュースの誕生」は視線を展示の俎上にのせた試みだった。ものの見方自体を問い直す、これは最近の博物館学研究の成果である。

一連の<ニュースの誕生>の軌跡は、この展示が次々と広がりをもって運動しているということを示す。もちろんその核には小野秀雄コレクションがある。しかし、名古屋の展示で見られるように、新しい史料の掘り起こしで小野秀雄コレクションのまわりに<ニュースの誕生>コレクションとでも呼びうる史料群が集まり始めた。もちろん、それはどこか機関が一元的に収集しているというものではない。仮想のアーカイブである。その史料の堆積のまわりで歴史、社会、美術、メディアなどさまざまな研究が動いている。

うわさは生きもの、というのが「ニュース事始め」展のキャッチフレーズの一つだった。うわさもニュースも、人によって育てられ広がる。しかし、生きものであるのはうわさだけではない。展示もまた、生きものである。生きもののように、育てられ、広がり、運動を始める。ではその生きものを産みだし育てるのは何か。これは実行あるのみということになるだろうが。

【図録、CD-ROM】

  • 木下直之・吉見俊哉編『ニュースの誕生-かわら版と新聞錦絵の情報世界』東京大学出版会、1999年。
  • 北原糸子・佐藤健二・吉見俊哉監修『CD-R0Mニュースの誕生』株式会社ボイジャー、2000年、4000円。
  • 木下直之・北原糸子編『幕末明治ニュース事始め-人は何を知りたがるのか-』中日新聞社、2001年。

寺田 匡宏 てらだ・まさひろ 「歴史資料と災害像」共同研究員 国立歴史民俗博物館COE研究員 歴史学