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死者の行方死者の描かれ方怪談とその楽しみ

企画展示「異界万華鏡 ーあの世・妖怪・占いー 」

死者の行方

人々が考えてきた死後の世界や死者のあり様はさまざまであり、統一的にとらえることはできません。日本に広まった仏教的な他界観や民俗行事における死者との交流の様子などから、人々の死に対する多様な観念について示します。

二十五菩薩来迎図 江戸時代
本館蔵阿弥陀仏と二十五菩薩のほか、地蔵菩薩と龍樹菩薩を加えた菩薩の姿が描かれている。
地蔵菩薩六道衆生救済図 江戸時代末期 本館蔵
地蔵菩薩が六道の衆生を救う二幅一対の掛幅で、天上、人間、阿修羅の軸と、畜生、餓鬼、地獄の軸がある。
地獄草紙 江戸時代 本館蔵
東京国立博物館蔵の地獄草紙の丙巻・丁巻(模本)を、詞書と一緒に江戸時代に模写したものである。

死者を迎える

お盆は、一般に死者がこの世に戻り、生者と交流すると考えられてます。そして死者を迎えるために提灯や灯籠をともしたり、迎え火などを焚きます。これらの明かりは、この世に戻るための目印だとする地域が多いのですが、その一方で明かりそのものが死者として扱われることもあります。

「切子灯籠」平成12年(2000年) 本館蔵
和歌山県古座町、古座川町などで使用。死者に踊りを見せるためだといって明かりをつけた灯籠を持っていく。
「切子灯籠」平成12年(2000年) 本館蔵
和歌山県古座町、古座川町などで使用。くす玉の代わりにハカマといって紙の垂れが付いている。
「切子灯籠」平成12年(2000年)(株)いとう蔵
長野県飯田市など下伊那地方において使用。初盆のときに子供など近親者が供えるもの。
「切子灯籠」平成12年(2000年)(株)いとう蔵
「博多提灯」平成11(1999)年 本館蔵
九州北部とくに博多(福岡市)でよく使用される。家紋や戒名が記されることも多い。
「岐阜提灯」平成12(2000)年 個人蔵
東京を中心に新盆の時に使用される岐阜提灯で、白の無地や小紋柄が多い。
「迎え提灯」平成11年(1999年) 本館蔵
長崎市一帯では、家紋入りの高張り提灯をこのような台や軒先に下げる。
「ブリキガス灯」平成12年(2000年)
(有)紅屋商店蔵
このような形態は千葉県一帯で使用されている。地域によっては、ブリキ製とステンレス製とを使い分けるところもある。
「ステンレスガス灯」平成12年(2000年)
(有)紅屋商店蔵
「小型精霊船」平成11年(1999年) 本館蔵
近親者のみで簡素に精霊流しを行ったり、ペットの精霊流しに用いたりする。

死者の描かれ方

ここでは江戸時代から明治にかけて描かれた死絵と幽霊画を取りあげ、死者の姿を表現するためのさまざまな工夫を見ていきたい。

惜しまれる死者 死絵

江戸後期から明治にかけ、亡くなった人気歌舞伎役者を偲んで出された「死絵(しにえ)」という錦絵があります。そのいくつかの表現パターンから、当時の死のイメージをとらえていきます。死に関するものを描き加えたり、死出の旅路や遺影の礼拝の様子などを描いたり、さまざまな表現方法がみられます。

一般的な死絵

死装束をつけた基本的な姿

四代目中村歌右衛門(なかむら うたえもん)死絵
嘉永5(1852)年 本館蔵
歌右衛門は大坂で没したが、長年江戸の舞台も勤めたため、数多くの死絵が作られた。
初代板東しうか(ばんどう しゅうか)死絵
安政2(1855)年 本館蔵
しうかは江戸末期の名女形。帽子に振袖という女形の装いで数珠を持つ。
五代目瀬川菊之丞(せがわ きくのじょう)死絵
歌川国芳画 天保3(1832)年 本館蔵
化政期に名女形として活躍した菊之丞を、女人出家の姿で描いている。

樒(しきみ)は常緑樹で香りもあることから香花(こうげ)とも呼ばれ、四季を問わず仏の供花や葬儀に用いられた。

三代目助高屋高助(すけたかや たかすけ)死絵
嘉永6(1853)年 本館蔵
興業先の名古屋で病没した高助。右手に数珠、左手に菊と樒を活けた手桶を持つ。
初代板東しうか死絵
安政2(1855) 本館蔵
女人出家の姿で樒を持つしうか。人生のはかないことをたとえた「胡蝶の夢」に由来する蝶が飛ぶ。
六代目岩井半四郎(いわい はんしろう)死絵
歌川国芳画 天保7(1836)年 本館蔵
女形として活躍した六代目半四郎。振袖の上に水裃をまとい、数珠と樒を活けた手桶を持つ。

蓮華

蓮(はす)は泥の中からのびて清浄な花を咲かせることから、仏の悟りをあらわすといい、仏事や葬儀では蓮華(れんげ)の造花が用いられる。

三代目尾上菊五郎(おのえ きくごろう)死絵
嘉永2(1849)年 本館蔵
掛川宿(静岡県)で病を得て没した菊五郎。水裃を着て数珠を持ち、手桶には蓮の花が活けられる。
三代目板東三津五郎死絵
歌川国安画 天保2(1831)年 本館蔵
袈裟をまとい、数珠と樒の枝を持つ。極楽浄土への旅をイメージさせる雲に乗り、頭上から蓮華が降りかかる。

香華

仏や死者を供養するために花を供え、香を焚くが、死絵においても香華の場が登場する。

初代板東しうか死絵
安政2(1855)年 本館蔵
香炉と樒の花を前にして合掌するしうか。蝶は人生のはかないことをたとえた「胡蝶の夢」に由来する。
四代目尾上菊五郎死絵
万延元(1860)年 本館蔵
女形として活躍した四代目菊五郎の死絵。菊を生けた手桶を傍らに香炉に向かう。

遺影(掛軸)

死者の肖像画を掛軸にして残されたものが拝礼する形態。

五代目市川海老蔵(いちかわ えびぞう)死絵
安政6(1859)年 本館蔵
海老蔵の遺影に、実子の初代河原崎権十郎(後の九代目団十郎)と市川猿蔵が焼香する。
三代目尾上菊五郎死絵
嘉永2(1849)年 本館蔵
手向けの菊は、菊五郎の名にも因む。水をつぎ足すのは女婿にあたる四代目尾上梅幸。

お迎えと死出の旅

あの世に旅立ったり、あの世からお迎えが来る場面もよく描かれる。

極楽より翫雀(がんじゃく)仏を出むかひの図(四代目中村歌右衛門死絵) 嘉永5(1852)年 本館蔵
三途(さんず)の川の渡しで、歌右衛門よりも先に死んだ役者たちが出迎える。
初代板東しうか死絵
安政2(1855)年 本館蔵
地獄の鬼の担ぐ駕籠に乗って冥土へ着いたしうかを、前年に世を去った八代目市川団十郎が自室へ迎え入れる様子。
熊谷次郎直(くまがい じろう なお)さねほつしん、蓮生坊(れんじょうぼう)(五代目市村竹之丞(いちむら たけのじょう)死絵)
嘉永4(1851)年 本館蔵
竹之丞を、歌舞伎「一谷嫩軍記」で世の無情を感じて出家する蓮生坊に見立てて浄土へ旅立たせる。
三代目板東三津五郎、五代目瀬川菊之丞死絵
天保3(1832)年 本館蔵
「南無阿弥陀仏」の文字を染め抜いた着物で三途の川にたたずむ姿は、歌舞伎のお半と長右衛門の道行きの見立て。

八代目市川団十郎の死絵

絶世の容貌と32才での自死のため、団十郎(だんじゅうろう)に関する死絵は100種類以上発行された。そのバリエーションはさまざまである。

八代目市川団十郎死絵 嘉永7(1854)年 本館蔵
八代目団十郎は大坂で自刃したため、切腹姿の死絵が多く出されている。本図は「忠臣蔵」の塩冶判官(えんやはんがん)切腹の様子。
八代目市川団十郎死絵 嘉永7(1854)年 本館蔵
数珠と樒を活けた手桶を持ち立つ団十郎を、すでに世を去った役者があの世から見守る。
八代目市川団十郎死絵 嘉永7(1854)年 本館蔵
閻魔大王の浄玻璃に写る八代目。位牌を持つのは、嘉永4年に没した五代目市村竹之丞。
八代目市川団十郎死絵 嘉永7(1854)年 本館蔵
自刃した八代目を塩冶判官切腹の様子を描く。絵も摺りも死絵としては質のよいもの。
八代目市川団十郎死絵 嘉永7(1854)年 本館蔵
並はずれた美貌で女性の圧倒的人気を得ていた八代目らしい死絵で、遺影の前に老若の女たちや猫までが泣き崩れる。
八代目市川団十郎死絵 嘉永7(1854)年 本館蔵
旅姿であの世へ向かう八代目。この世の女たちが必死で呼び戻そうとするが、先にあの世へ旅立った役者たちが手招きをする。

明治の死絵

明治期になっても死絵はしばらく発行されるが、頭髪などに時代の変化が見られる。

十代目片岡仁左衛門(かたおか にざえもん)死絵
明治28(1895)年 本館蔵
数珠と辞世を記した短冊を手にし、悲壮な覚悟をにおわせる裃(かみしも)姿。
三代目沢村田之助(さわむら たのすけ)死絵
明治11(1878)年 本館蔵
香を焚くと亡き者の姿が浮かび出るという反魂香(はんごうこう)の趣向に見立てた死絵。香を焚く四代目沢村訥升(とっしょう)は田之助の実兄。
九代目市川団十郎死絵
梅堂豊斎(三代歌川国貞)画 明治36(1903)年 本館蔵
死絵によくある釈迦涅槃(しゃかねはん)の見立て。団十郎の周囲を遺族や劇界関係者が取り囲む。

想いを残す死者 幽霊画

足のない幽霊は、円山応挙(まるやま おうきょ)以前すでに版本等ででていますが、応挙が確立したといわれています。応挙には美人画的なものと不気味なものの2系統があり、その後の画家にも継承されました。また墓や葬具など死を表すものなども描き込まれ、死者の特徴を出すようにもなります。

足のない幽霊画

幽霊図 複製 原品江戸時代 本館蔵
応挙画と伝えられる原品は東京全生庵所蔵。一般に日本の幽霊には足がないが、その元になったとされる画。同じ構図で応挙筆と伝えられるものが数点ある。
幽霊図 本館蔵
蓬髪の女性幽霊。典型的な構図だが、顔のしわや肋骨、衣服のしわなどの陰影がシャープな筆致で描かれ迫力がある。
幽霊図 本館蔵
人魂から現れる幽霊。人魂の赤と対照的に、幽霊の肌は青黒く表現されている。
応挙之幽霊 月岡芳年 明治15(1882)年 本館蔵
幽霊画があまりに真に迫っていたため、絵から本物の幽霊が現れて、絵師本人を驚かせている様子を表す錦絵。

怪談とその楽しみ

「四谷怪談」をとりあげ、そのあらすじをたどりながら、死者にまつわる怪談がさまざまなメディアに取りあげられ、娯楽として受け入れられる一方で、あらたな怪談も生みだされていることについてもふれていきます。

南爾前来妙法経(みなみにくりきのむしぼし) 二代歌川豊国
本館蔵
「四谷怪談」を書き替えた『南爾前来妙法経』(天保元年6月、江戸中村座)の舞台を描いたものかと思われる。
四谷怪談 戸板返し 歌川国芳 本館蔵
四谷怪談 隠亡堀の場 三代目歌川豊国 文久元(1861)年 個人蔵
「隠亡堀の場(おんぼうぼりのば)」の名場面を、一つの絵の中に凝縮して描いた作品。
四谷怪談 蛇山庵室 歌川国芳 天保7(1936)年カ 本館蔵
提灯から出たお岩が、伊右衛門に子どもを抱かせるところ。
 
四谷怪談 夢の場 一養亭芳滝 明治8(1875)年 本館蔵
お岩の幽霊に悩まされ、伊右衛門は病気になる。 美しい女性がお岩の死霊に変わる夢を見て苦しむ。
国技館お化け大会 四谷怪談水門の場
昭和6(1931)年 個人蔵
昭和6年、両国国技館で行われた「日本伝説お化大会」の記念絵はがき。 芝居で有名な怪談の場面を模型で見せた。