企画展示
過去の企画展示
2.城と戦い
2-1 城を攻める・守る
1575年(天正3)長篠の戦いで城を落城の危機から救った鳥居強右衛門は逆さ磔となりました。
そのすがたを描き出した旗指物は、リアルに、戦う人びとを実感させる迫力に満ちています。
1568年(永禄11)頃、長野城は、山城の周囲に、竪堀と土塁を築き、ならべた畝状空堀群をめぐらせて防御しました。
これに対して城を攻めた大友氏は、城を完全に包囲する長城で対抗しました。
熊本県田中城でも、同様の包囲の長城を築いたことが、絵図からわかっています。
大友氏の文書からは、戦いで受けた怪我や、敵の首を手柄の印に切り取った様子が生々しく書かれています。
また戦国時代の馬は現在の馬と比べて小さく、重い鎧を身につけた武士を背負っていつでも全力疾走というわけにはいきませんでした。

朝鮮軍陣図屏風 部分
(鍋島報效会所蔵)
大坂冬の陣屏風からは、詳細に防御のくふう、攻めるくふうを読みとることができます。
鉄砲は戦国時代には攻防のもっとも重要な武器となっていました。
大坂夏の陣図屏風では、落城する大坂城から逃げ落ちていく男女が描かれています。
凄惨な略奪の様子は、見る者の胸を打ちます。
<主な展示資料>
落合左平次指物(鳥居強右衛門逆磔図)原品・複製
朝鮮軍陣図屏風(鍋島報效会所蔵)(前近代の侵略戦争であった文禄・慶長の役(壬辰・丁酉倭乱)の蔚山(うるさん)城攻防を描いている)
肥前名護屋城図(屏風)
室町期の鎧
織豊期以降の鎧
長野城復原模型
辺春・和仁仕寄陣取図(田中城包囲図)
火縄銃各種(6・7丁)
火縄銃の玉の重さ体験(5~6点)
戦国期の馬骨格標本
大坂冬の陣図屏風
大坂夏の陣図屏風
雑兵絵巻
天正期以降の変わり兜
2-2 発掘が語る原城攻防
長崎県原城では、本丸の発掘調査によっておびただしい人骨が発見され、多くの人びとが戦死したことがわかりました。
戦いの跡がそのまま残された特殊な原城跡は、悲惨な戦いの実像をうったえます。
十字架やメダイオンを身につけた男女や、石垣の下敷きになったままの女性など、老若男女が籠城した様子が発掘で明らかにされつつあります。
城内からは多数の弾丸や砲弾が発見されており、十字架などは弾丸を溶かした急づくりのものも含まれており、島原の乱を歴史的に考える新たな手がかりということができます。
<主な展示資料>
原城絵図 長崎県原城出土弾丸・砲弾
長崎県原城出土十字架
長崎県原城出土メダイオン
長崎県原城出土陶磁器・瓦





























