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開催概要趣旨展示構成関連の催し

開催概要

よみがえれ!シーボルトの日本博物館
開催期間2016年7月12日(火)~9月4日(日)
開催期間 2016年7月12日(火)~ 9月4日(日)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室A・B
料金

一般:830(560)円 / 高校生・大学生:450(250)円 /
小・中学生:無料 /( )内は20名以上の団体 

※総合展示もあわせてご覧になれます。 
※毎週土曜日は高校生は入館無料です。

開館時間 9時30分~17時00分(入館は16時30分まで)
※開館日・開館時間を変更する場合があります。
休館日 月曜日(休日の場合は翌日が休館日となります)
※8月15日(月)は開館します
主催

大学共同利用機関法人人間文化研究機構
大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館
朝日新聞社

企画連携 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都江戸東京博物館
長崎歴史文化博物館
名古屋市博物館
大学共同利用機関法人人間文化研究機構 国立民族学博物館
特別協力 ミュンヘン五大陸博物館、
ブランデンシュタイン=ツェッペリン家
協力 全日本空輸

よみがえれ!シーボルトの日本博物館」特設サイト

本展の見どころ

・シーボルトが企画したヨーロッパ初の日本展示のイラストが新発見!!
・描かれた作品たちも同時展示し、シーボルトが企画した展覧会を歴博にて再現!!

展示趣旨

ドイツ人の医師・博物学者で19世紀に二度にわたり来日したフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(Philipp Franz Balthasar von Siebold,1796.2.17-1866.10.18)は、江戸時代の日本に近代的な医学を伝える一方で、日本の自然や生活文化に関わる膨大な資料を収集し、ヨーロッパに持ち帰りました。シーボルトの日本研究が、帰国後に出版された『日本 Nippon』(1832-1882)や『日本植物誌 Flora Japonica』(1835-1870)などに結実し、後世の日本学や植物学に大きく貢献したことはよく知られるところです。しかし、シーボルトが自身の収集したコレクションをもとに、日本をテーマとした博物館展示を熱心に行ったことについては、ほとんど紹介されていません。

ミュンヘン五大陸博物館には、シーボルトが二度目の来日の際に精力的に収集した日本関係資料約6000点が収蔵されています。

シーボルトは、一度目の日本滞在中の1824(文政7)年に、早くも日本博物館を構想、帰国後、ライデン・アムステルダム・ヴュルツブルク・ミュンヘンの各都市において日本展示を実現しています。当時のヨーロッパでは、ヨーロッパ以外の地域の民族やその文化への関心が、王侯貴族にとどまらず広範の市民の間でも高まり、近代的な博物館展示や、学問としての「民族学」が胎動しつつありました。シーボルトがおこなった展示は、のちの万国博覧会における日本紹介や、ジャポニズムによる日本趣味に先駆けて試みられた、初めての日本展示だったといえるでしょう。そして、シーボルトが二度の訪日に際してそれぞれ持ち帰った民族学的資料は、シーボルトが企図した日本展示を構成するという明確な目的のもとに収集されたものだったのです。

本展では、6年間にわたるシーボルト関係資料の総合的な調査によって得られた新しい成果をもとに、シーボルトがヨーロッパで実際におこなった日本展示に焦点を当てます。

シーボルトが、日本の文化や社会をどのように観察し、どのような観点から収集をおこなったのか、また「異文化としての日本」を西洋においてどのように紹介しようとしたのかについて、各都市でおこなわれた展覧会に関わる史料や、シーボルト自身の記述をもとに検討します。なかでも、シーボルトの死の直前にミュンヘンで開催された「最後の日本展示」を、シーボルトの長男アレクサンダーが残したリストをもとに復元的に紹介し、シーボルトの描いた日本像に迫ります。

シーボルトが日本を訪れた江戸時代後期は、明治維新を目前に、日本人の暮らしが大きく変化する兆しが見え始めた時期でした。第一次日本滞在の1823(文政6)年から1828(文政11)年、そして第二次日本滞在の1859(安政6)年から1862(文久2)年のあいだに収集されたシーボルト・コレクションは、まさに日本人のなりわいや暮らしを閉じ込めた「タイム・カプセル」といえるでしょう。そこには、日本人が心のよりどころとしながらも、現代ではほとんど失われてしまった価値観や文化の原点ともいえるものが溢れています。

これまで、シーボルトの収集資料としては、一度目の来日時のコレクション(ライデン国立民族学博物館所蔵)が注目されてきましたが、ミュンヘン五大陸博物館(旧ミュンヘン国立民族学博物館)が所蔵する二度目の来日時のコレクションは、彼の構想した日本博物館をより充実・完成させる目的で収集されたという点で、極めて重要な意味をもっています。

今回の展示では、シーボルト没後150年を記念して、シーボルトが終焉の地ミュンヘンに残したコレクションの全体像を紹介し、シーボルトの日本博物館という新たな視点から、この貴重なコレクションを再構成します。

【展示代表 紹介】

日高 薫(ひだか かおり)

専門は漆工芸史。
主な研究テーマは、蒔絵を中心とする漆工芸史および日本の装飾芸術の特質に関する研究、交易品としての漆器をめぐる文化交流に関する研究、杉野女子大学講師、東京大学文学部美術史研究室、共立女子大学国際文化学部日本文化研究の助手を経て、1994年に国立歴史民俗博物館に勤務。
現在は国立歴史民俗博物館研究部情報資料研究系教授。

著書
『異国の表象 近世輸出漆器の創造力』(ブリュッケ 2008)
『紀州徳川家伝来楽器コレクション(国立歴史民俗博物館資料図録3)』(共著)(国立歴史民俗博物館 2004)
『日本美術のことば案内』(小学館 2002)
『海を渡った日本漆器Ⅱ(18・19世紀)』(『日本の美術』No.427) (至文堂 2001)

展示構成

第Ⅰ章 日本に魅せられた男、シーボルト

フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、1796年2月17日、ドイツの地方都市ヴュルツブルクで生まれました。医学者の名門の家系に育った彼は、ヴュルツブルク大学で医学を専攻しますが、カリキュラムの一部であった化学や植物学のほか、動物学、地理学、民族学にも関心を寄せるようになりました。大学卒業後、陸軍軍医となってバタヴィア(現インドネシア・ジャカルタ)へ旅立ち、そこから、出島のオランダ商館付の医師として、日本へ派遣されました。

日本の歴史、国土、社会制度、物産などについての情報を必要としていたオランダは、シーボルトに日本調査の任務を与えました。1823年(文政6)7月6日に長崎に到着したシーボルトは、医学と博物学の分野において日本へ貢献することと引き換えに、多くの情報と実物資料を収集し、その任務を果たしたのです。日本の女性 其扇(そのぎ・楠本たき)、そして女児いねとの暮らしは、異国の地で活動するシーボルトを支えました。

1828年(文政11)に帰国の準備をしていたおり、先発した船が台風により座礁し、積み込まれた荷物の中に禁制品が含まれていることが発覚します(シーボルト事件)。国外追放の処分となったシーボルトは1830年(文政12)に日本を離れました。この章では、シーボルトの生い立ちや、来日後の経緯などを紹介します。

第Ⅱ章 シーボルトの日本研究

シーボルトが、日本の自然や文化に関わる資料や情報を収集するにあたっては、その熱意を支えた門人や知人の助けが不可欠でした。シーボルトは、彼自身がそれまで習得した最新の医学知識と技術を伝授することで日本人との交流を深め、外国人の行動が厳しく制限されていた当時の日本における資料収集に成功したのです。

シーボルトは、オランダ人の居留が義務付けられていた出島の外に位置する鳴滝に私塾を設けることを許され、西洋医学や自然科学を教授しつつ、日本人の研究者と交流をもちました。門弟たちは標本や資料の収集のみならず、シーボルトから与えられた課題についての論文を提出することによって、シーボルトの日本研究に貢献しました。

これらは、シーボルトがヨーロッパに帰った後に刊行された『日本 Nippon』(1832-1882)や 『日本動物誌 Fauna Japonica』(1833-1850)、『日本植物誌 Flora Japonica』(1835-1870)などに反映され、欧米における日本学の基礎となりました。

第Ⅲ章 シーボルトと日本展示

ヨーロッパに戻ってからのシーボルトは、日本を紹介するため精力的に活動しました。出版物の刊行のほかにシーボルトが熱心だったのが日本展示です。

一度目の展示
ライデン市内にあるシーボルト旧居
(現在のシーボルトハウス)

1832年からは、ライデンのシーボルトの邸宅(ラーペンブルフ19番地・現在のシーボルトハウス)において一度目の来日時のコレクションを公開(シーボルト博物館)、この展示は1859年には国立フォン・シーボルト博物館となり、のちに現在のライデン国立民族学博物館のコレクションに受け継がれました。

1859年(安政6)に二度目の来日を果たしたシーボルトは、日本展示をさらに充実させるため積極的な収集をおこない、帰国後の1862年から1863年にかけて、アムステルダム産業振興会館において、再び展覧会を開催しています。この時の展示を紹介した雑誌記事には、現在ミュンヘン五大陸博物館に収蔵されているシーボルト・コレクション中の仏像や衝立が、立体的に展示されている様子を表した興味深いイラストが掲載されています。

さらに、1864年には、生まれ故郷ヴュルツブルクのマックス職業学校にこの展示を移設、民族学博物館の設立意志をもっていたバイエルン国王に、日本コレクションの有用性を説き、購入するように働きかけています。

そして、1866年3月、バイエルン王国の文部省から、ミュンヘンの王宮公園(ホフガルテン)に面した宮殿内の北部ギャラリー・ホールの使用許可が下り、5月19日、午後3時からシーボルト最後の日本展示がオープンしました。このときの展示構成を示すリストがミュンヘンに残されており、シーボルトがどのように日本展示を構成したかをつぶさに知ることができるのです。

第Ⅳ章 ようこそシーボルトの日本博物館へ

ミュンヘンにおいて開催されたシーボルト最後の日本展示の実際については、彼の死後に長男アレクサンダーによって作成されたコレクションの売却リストと、今回の調査によって新たに発見されたシーボルト直筆のコレクション解説によって、展示の順序や、ケースごとの分類、その意図を知ることが出来ます。

ミュンヘンの宮殿における展示では、7室あるギャラリーの中の、3つの空間が、日本展示に充てられており、その他の部屋に、中国・インド・東南アジア・アフリカ・オセアニア・先史時代・アメリカなどの展示ケースが配置されていたことが知られます。つまり、シーボルトは、現代では一般的になった民族学博物館の枠組みの中の一部に、彼自身の日本コレクションの展示を位置づけているのです。

シーボルトの日本展示は、表向きは当時のヨーロッパの実利的な時代的要請に応えるものでした。ヨーロッパ以外の地域を対象とした博物館展示は、原料やエキゾチックな産業製品を求めて積極的に海外貿易をおこなっていたヨーロッパの国々において、植民地に派遣され、異文化との接触を経験することとなる官僚や商人たちに、教養となる知識を提供するという役割を求められていたのです。そこには、漆工芸に代表される日本伝統の手わざの世界や、各種素材を用いて作られたシンプルではあるが美しい日常の道具類などが紹介されています。

同時にシーボルトは、自らが構想する民族学博物館を、各民族文化の本質の客観的な比較によって総合的に理解し、異文化への誤った考え方を是正するという学術的な性格を有する場として、明確に位置づけています。シーボルトの日本展示は、近代的な博物館の歴史、そして民族学研究という観点において、きわめて先見的で、現代につながるものであったことが理解できるのです。

主な展示資料

  • 鳴滝の家屋模型(ミュンヘン五大陸博物館蔵)
  • 『日本 Nippon』のための原画(ブランデンシュタイン=ツェッペリン家蔵)
  • 伊能特別小図写(西日本)(ブランデンシュタイン=ツェッペリン家)
  • 伊藤圭介肖像(ブランデンシュタイン=ツェッペリン家)
  • シーボルト直筆の展覧会解説(ブランデンシュタイン=ツェッペリン家)
  • 花鳥図衝立(ミュンヘン五大陸博物館蔵)
  • 蛇身弁財天像(ミュンヘン五大陸博物館蔵)
  • 亀形筮筒(易占で使われる筮竹を入れる筒の台)(ミュンヘン五大陸博物館蔵)
  • 川原慶賀筆・「人物画帳」(ミュンヘン五大陸博物館蔵)
  • 川原慶賀筆・おいね像(ブランデンシュタイン=ツェッペリン家)
  • 鉄線蒔絵灯籠形弁当箱(ミュンヘン五大陸博物館蔵)
  • 桜川蒔絵眉作箱(ミュンヘン五大陸博物館蔵)
  • 魚形蓋物(鰹)(ミュンヘン五大陸博物館蔵)
  • 南天蒔絵脚付杯(ミュンヘン五大陸博物館蔵)

など  約300点

3)鳴滝の家屋模型
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
 
4)花鳥図衝立
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
5)シーボルトの肖像
(描き起こし)
7)川原慶賀筆・人物画帳より入れ墨の男
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
8)亀形筮筒(易占で使われる筮竹を入れる筒の台)
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
10)桜川蒔絵眉作箱
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
11)南天蒔絵脚付杯
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
12)鉄線蒔絵灯籠形弁当箱
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
 
13)蛇身弁財天像
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
14)アイヌの草皮衣
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
 
15)魚形蓋物(鰹)
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
 
 
16)麦藁細工の玩具
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
 
17)法被(長崎くんち衣裳)
(ミュンヘン五大陸博物館蔵 ©Museum Fünf Kontinente)
 

国際シンポジウム

「シーボルト・コレクションから考える」

※事前申込制。当館ホームページ内申込みフォーム、または往復はがきにて。
(2か月前から前々日まで受付、ただし、定員に達し次第締切。)

開催日時 2016年7月30日(土)13:00~16:30
会場 国立歴史民俗博物館 講堂
講師

ブルーノ・リヒツフェルト(ミュンヘン五大陸博物館学芸員)ほか

歴博講演会

事前申込不要、先着順。
会場:国立歴史民俗博物館 講堂(定員260名)

「書簡が語るシーボルト像」

開催日時 2016年7月9日(土)13:00~15:00
講師 宮坂 正英(長崎純心大学教授)

「シーボルト・コレクションにおける漆工芸」

開催日時 2016年8月13日(土)13:00~15:00
講師 日高 薫(当館研究部教授)

ギャラリートーク

開始時間までに企画展示室入口に集合してください。
※入館料が必要となります。

日程 時間 担当者
7月16日(土) 13:30~14:10 大久保 純一 (当館情報資料研究系)
7月23日(土) 11:00~11:40 青山 宏夫 (当館副館長)
7月31日(日) 13:30~14:10 日高 薫 (当館情報資料研究系)
8月6日(土) 11:00~11:40 澤田 和人 (当館情報資料研究系)
8月13日(土) 11:00~11:40 日高 薫 (当館情報資料研究系)
8月20日(土) 13:30~14:10 青山 宏夫 (当館副館長)
8月27日(土) 13:30~14:10 澤田 和人 (当館情報資料研究系)
9月3日(土) 13:30~14:10 大久保 純一 (当館情報資料研究系)

※日時・担当者は予告なく変更する場合がありますのでご了承ください。

巡回予定

【東京会場】 東京都江戸東京博物館 2016年9月13日(火)~11月6日(日)
【長崎会場】 長崎歴史文化博物館 2017年2月17日(金)~4月2日(日)