くらしの植物苑観察会

毎月第4土曜日
13:30に苑内のあずまやに集合
15:00頃までの予定、苑内の季節の植物も観察

  • 2月26日 第83回観察会「ウメとモモ」 上野祥史(歴博)
  • 3月26日 第84回観察会「サクラの仲間」 秋山忍(科博)

桃と梅

  • 執筆者:上野祥史(歴博)
  • 公開日:2005年2月24日

梅や桃は、春の訪れを告げる。最近は、梅に比べて桃の木を見かけることが少ないように感じるのは私だけであろうか。そのようなこともあって、ここでは桃を取上げて紹介したい。3月3日は桃の節句として、日本ではなじみ深いが、意外にも中国では3月3日とそれほど縁が深くない。清代に北京の太平宮という西王母を祭る廟で蟠桃会が開かれたぐらいである。蟠桃会も、宋代に上元(正月十五日)に開かれた蟠桃宴に因んだものであり、そもそも3月3日とは関係がない。ただ、西王母と桃のかかわりは有名である。魏晋南北朝頃の『漢武故事』などの書物には、漢の武帝が西王母と相見えた様子を描写している。夜更けに西王母と会見した武帝は西王母に不死の薬を求めるが断られ、かわりに桃を分け与えられる。この甘美な桃の種を持ち帰ろうとする武帝に対して、西王母は三千年に一度実をつける桃ですよと微笑みかける。ここで、桃は生命をもたらす果実として描かれている。この蟠桃とは、東海中の度朔山の上にある桃樹の名に因んだものである。桃樹とは、蟠屈すること三千里に及び、すべての鬼が出入りする神樹であり、人々に害を為す鬼を葦縄でくくり虎に食わせたという。後漢代にはすでに、正月の門飾りに桃の木を削った人形を用いることが知られており、鬼が桃の木を避けるという考えが一般に認識されていたことを物語る。桃が邪なるものを避ける由来としては、桃が陽気の花で陰気を逐う力があるからとか、特有の薬味が邪気を祓う力があるからともいわれる。また、桃と逃が同音で意味を通じ、凶気を払う呪術として用いられたともいわれる。こうした、桃が邪を辟けるものとしての認識は古く、後漢頃までには数多くの文献に顔をのぞかせる。当日は、こうした古い時の桃や梅にまつわるエピソードを紹介することにしたい。

漢代の鏡に表現された西王母侍女が捧げ持つのは桃であろうか?