くらしの植物苑観察会

毎月第4土曜日(4月はみどりの日)
13:30に苑内のあずまやに集合
15:30頃までの予定、苑内の季節の植物も観察

  • 7月24日 第76回観察会「メロンの世界-日本のメロンは弥生から」 藤下典之(前大阪府立大学) 
    *7・8月は本館・講堂で行います。13:30~15:00
  • 8月28日 第77回観察会「平成のアサガオ・ブーム」 仁田坂英二(九大)
  • 9月25日 第78回観察会「植物採集文化を考える」 山本直人(名古屋大)

メロンの世界-日本のメロンは弥生から

  • 執筆者:藤下 典之
  • 公開日:2004年7月16日

メロン Cucumis melo は、同一の種 species の中に40をこえる変種 variety があり、それぞれの変種に多数の品種 cultivar があります。身近な変種ではネットメロン(静岡の'アールス')、ノーネットメロン('プリンス')、それに市場から姿を消したマクワや漬物用のシロウリ などです。他の栽培植物と著しく違うのは、果実特性に同一種とは考えられないような大きな変異があり、それにもかかわらず種内の変種の間では自由に雑種が できることです。

日本に古代からありながらマクワやシロウリ以外で私が発表(1980)するまで知られていなかったのが、雑草メロンとモモルディカメロンです。両者の種 子が各地の遺跡から日本の古代メロン史の証言者のように出土しています。メロンの温故知新の物語です。

ここでは弥生前中期に集中して出土しました雑草メロンについて話をすすめましょう。このウリは畑の隋伴雑草で、山野では自生できません。全体が小振り で、果実はウズラからアヒルの卵大、未熟なうちは苦くて食べられず、熟しても中身は種子ばかりで甘くなりません。種子には休眠があって低温(冬)に遭わな いと発芽できません。野生種と言ってしまいたくなるような利用価値の少ないウリです。このような雑草メロンが、原産地とされるアフリカや中近東かあらほど 遠い日本列島に現生していたのです。九州の五島から・・・瀬戸内・・・渥美湾を通って熱海市沖の初島に至る75島に自生、168種類(系統)を採集しまし た(1968~1981)。南西・伊豆諸島などの南の島々には全く自生が無く、種子出土遺跡が日本の南部に無いのと整合します。古代メロンの渡来が南方経 由ではないことの証でしょう。では、いつ頃どこからやってきたのでしょうか?

大阪の弥生の池上遺跡から11,000粒もの種子が出ました。発掘事務所に通い全粒その長さと幅を0.1mm単位で計測、これが私と考古学(考古遺物) との出会いの始まりです(1972)。マクワだろうと決めこんでいたのですが驚きました。過半数が雑草メロン型の種子でした。同じ遺跡内でありながら新し い外側の環濠の種子が明らかに大きく、私たちの弥生人は早くも選抜の効果を体得し実践していたようです。全国の発掘報告書から、メロンの種子出土遺跡を探 し出しますと、縄文0、弥生44、古墳28、奈良・平安25、他37、合計134もありました。雑草メロンもマクワも縄文時代にはまだ渡来していませんで したが、弥生の前中期に北九州へ中国や朝鮮から渡来、その後期には群馬県の遺跡からも種子が出土するほどの早さで、東へ北へと伝播を拡げたようです。弥生 中期の鹿田遺跡(岡山)の733粒、里田原遺跡(長崎)の429粒はともに全粒が雑草メロン型の種子でした。感激しました。

果物としては利用価値に乏しい雑草メロンで、種子も含めた食用や薬用があったかもしれませんが、弥生人たちは食物供献儀礼に使っていたのではないでしょ うか。種子出土遺構の多くが井戸と溝で、炭化米や時には祭祀用木器を伴出しています。精霊流しや七夕祭りの原型ではと。雑草メロンの自生地では呼び名の中 にオショロウリ、セイレイノウリなど佛語呼ばわりものもあり、現に今も佛壇に雑草メロンを供えている島があります。

渡来から2000年以上もの長い間、栽培種の遺伝子に汚染されることなく、原始のままで生き続けてきた雑草メロン、それが今、他の在来植物同様に絶滅が 危惧されています。古代メロンの生き証人はルーツ探索の研究にも、品種改良にも格好の素材です。何としてでも、自生地で後世に残してやりたいものです。 

雑草メロン