くらしの植物苑観察会

毎月第4土曜日(4月はみどりの日)
13:30に苑内のあずまやに集合
15:30頃までの予定、苑内の季節の植物も観察

☆11月18日(火)~12月26日(金) 特別企画『季節の伝統植物』-「冬の華・サザンカ」

  • 11月22日 第68回観察会「油の採れる植物」辻誠一郎 (歴博・歴史研究部) 
  • 12月20日 第69回観察会「酒と民俗」青木隆浩 (歴博・民俗研究部)
  • 1月24日 第70回観察会「新年の植物」安室 知(歴博・民俗研究部)
  • 2月28日 第71回観察会「早春の彩り」 辻誠一郎(歴博・歴史研究部) 
  • 3月27日 第72回観察会「桜と花見」 岩淵令治(歴博・歴史研究部)
  • 4月29日 第73回観察会「日本の花文化」 新谷尚紀(歴博)
    ☆みどりの日は、講演のほかに、花のうたを集めた華花コンサートもあります。

油の採れる植物 1-あかりと食用の油の歴史

  • 執筆者:辻 誠一郎
  • 公開日:2003年11月22日

水に溶けにくい液状の物質をあぶら(油)と言い習わしてきました。ときには固形の状態であることもあるので、常温で液状のものを油と呼び、固形のものを脂と呼んで区別することもあります。つまり、広い意味での油は、液状の油と固形の脂を合わせた油脂を指しているのです。植物は、自然界にある鉱物性油および動物性油とならんで、たくさんの植物性油を生産しています。植物性油は、人の生活文化にも深くかかわってきました。古代から近代までの日本の歴史をとおして見ると、植物性油は、あかり(燈あるいは灯)と食用に広く利用されてきました。

各地の縄文時代の遺跡から、しばしばアサやエゴマの果実(あるいは種子)が見つかっています。どちらも、種子にはたくさんの油が蓄積されていて、奈良・ 平安時代では、植物性油の資源植物として重要な位置を占めるようになりました。そのことから、すでに縄文時代には、油を採るための植物としてそれらを日本列島に持ち込んだのではないかと考えています。

古代になると、植物性油の利用に関する記録をたくさん見いだすことができます。摂津の国の住吉明神の神事には、近くの遠里小野(おりおの、現在の大阪市 住吉区内)の榛(はしばみ)の果実から採った油が燈油として使用されたと言われています。また、9世紀半ばになると、山城の国の大山崎では荏油(えのあぶら)すなわちエゴマの油をしぼる画期的な方法が開発され、一躍大きな生産地となりました。

古代で生産され、利用された植物性油は『大宝令』や『延喜式』から知ることができます。『大宝令』には地方からの貢献を義務づけた油の記述があり、胡麻 (ごま)油、麻子(まし)油、荏油、ほそき油、金漆(ごんぜつ)油が上げられています。麻子とはアサの種子、ほそきとはイヌザンショウ、金漆とはコシアブ ラのことです。金漆油以外はあかりと食用の油でした。『延喜式』の巻二四では、胡麻、麻子、荏、ほそき、海石榴(つばき)、呉桃(くるみ)、閉美(へいび)の各油が上げられています。閉美とはイヌガヤのことです。九世紀では、胡麻の増産がはかられ、あかりと食用の両面にわたって広く利用されるようになりました。ちなみに、武蔵国、下総国、常陸国、下野国といった現在の関東地方では、麻子の貢献が義務づけられていました。

中世になると、荏油などの生産は下火になり、その大生産地であった大山崎も衰退していきました。そして、中世末から近世にかけて、アブラナの種子から採った種油と、ワタの種子から採った綿実油がそれに取って代わるようになりました。