くらしの植物苑観察会

毎月第4土曜日(4月はみどりの日)

13:30に苑内のあずまやに集合
15:00頃までの予定、苑内の季節の植物も観察

  • 2月22日(土) 第59回観察会「酒造りと植物」 辻 誠一郎(歴博)
  • 3月22日(土) 第60回観察会「梅と桃の文化史」 王 敏(東京成徳大学)
  • 4月29日(火) 第61回観察会「日本の花文化」 辻 誠一郎(歴博)

酒造りと植物

  • 執筆者:辻 誠一郎

2月4日の立春を過ぎると、やはり少しは温かくなってきた感じがします。それもそのはず、日当たりのよいところでは、もう梅がほころんでいます。この陽気でインフルエンザを吹き飛ばしたいところですが、スギの開花情報が今にも押し寄せてくるようで、この頃は何とも複雑な気持ちになってしまいます。そんな中、冬場だけの寒仕込みの酒造りは、いよいよ佳境に入ってきたところで、おおかたの酒蔵では、2月のうちに、甑倒し(こしきだおし)といって、原料のお米を蒸す作業を打ち止めます。冬場の酒造りはこれで終了するのです。

スギの開花は多くの人にとってうっとうしいものになってしまいましたが、日本の酒造りは古くからスギとは深いかかわりをもっていました。江戸時代、灘や伏見を中心に、上方の酒造りは大きな産業となっていきました。やがて各地に酒造りは波及していきました。その酒造りに使われたさまざまな道具や容器の多くがスギの木材で作られたのです。ヒノキの木材を一部に使うことはありましたが、桶や樽、大道具から小道具まで、加工のし易さだけでなく、スギの持つ成分と香りが酒造りに適していたのです。樽酒など、わざわざスギの香りを付けたものまで流行したほどです。酒の神を祭る三輪神社の神木もスギなのです。新酒を告げる酒林(さかばやし)は、スギの小枝を束ねたものですが、これもスギの神木に因むともいわれます。スギは実際でもかかわっているのです。というのは、完成した酒を袋に入れ、これをしぼって清酒としますが、袋にあいた穴をふさぐのにスギの小枝を使っていたのです。この使った小枝を束ねて酒林を作り、門口に吊るして、しぼりたての新酒ができたことを知らせたのです。酒林は今ではどこでもマリモのように球形に作られますが、江戸時代では箒(ほうき)のようにも束ねられていました。

現代の酒造りは、ほとんどが機械化され温度管理も行き届いているので、失敗をするということはほとんどありません。しかし、かつては気象の変化や夏の高温を克服できずに、酸っぱい酒、まずくて飲めない酒などが大量にできて、失敗は酒造りにつきものでした。意外なことですが、この失敗した酒を立ち直らせるのに、さまざまな植物が使われていたのです。たとえば、傷んでダメになった酒「痛み諸味」を立ち直らせるのに、コショウ科のヒハツ、ヤマモモの皮、チョウジのつぼみ、ハッカ、菊花などが使われていました。これらは薬店で売られていたものでした。病気を治すのと同じで、薬で酒の痛みを治していたのです。炭焼きで出たカシ類の炭灰も重宝されました。清酒の濃い色やくどい味を取り除くのに炭や灰が広く利用されてきました。活性炭の利用は今でも健在のようです。

江戸時代にはさまざまな薬酒が登場し、流行しました。旧暦の9月9日の重陽の節句に飲まれた不老不死の妙薬「菊酒」もその一つです。