くらしの植物苑観察会

毎月第4土曜日
13:30に苑内のあずまやに集合
15:00頃までの予定、苑内の季節の植物も観察

  • 8月24日(土) 第53回観察会 「ヒョウタンの系譜」 辻 誠一郎(歴博)
  • 9月28日(土) 第54回観察会 「棉から綿へ」 渡邊 重吉郎(歴博)
  • 8月18・25日、9月1・8・15・22日(すべて日曜日)、13:30~
    ギャラリー・トーク「ボタニカル・アートとシーボルト」 講師 辻 誠一郎(歴博)
    約1時間、13:30にあずまや前に集まってください。

ボタニカル・アートとシーボルト その1

  • 執筆者:辻 誠一郎
  • 公開日:2002年8月15日

8月17日(土)~9月23日(月)の間、佐倉市立美術館において『シーボルト・コレクション 日本植物図譜展』が開催 されます。シーボルト著『フローラ・ヤポニカ「日本植物誌」』として知られる名著に収められた植物画および植物学的な記述の基礎となった原画が展示されま す。それら原画はシーボルトとかかわりをもった日本人絵師によって描かれたものです。『フローラ・ヤポニカ』は、日本の植物を科学的に記述し、世界に日本 の植物を知らしめた重要な出版物です。また、日本の植物研究の出発点といって過言ではなく、日本の植物研究を世界的な水準に引き上げるのに大きく貢献した といってもいいでしょう。

今でこそ植物画に満たされた植物図鑑がたくさん出版されていますが、それらの基盤にあるのが、当時のヨーロッパでつくられたボタニカル・アートと呼ばれ る植物画であり、それらを基礎にした植物図譜あるいは植物図鑑です。植物についての知識がいかに膨大なものであっても、文字だけの記述だけだったとした ら、植物の知識は普及もしなかったし、植物の研究もさほど進歩はしなかったでしょう。ボタニカル・アートは、個々の植物についての知識を図あるいは絵とし て集大成したものであり、普及においてもっとも説得性の高いものであったのです。したがって、ボタニカル・アートは、科学的な正確度と、説得性すなわち人 を引きつけうなずかせるに十分な芸術性が兼ね備わっている必要があったのです。『フローラ・ヤポニカ』は2巻からなりますが、最初の巻一が刊行されたの は、日本では江戸時代後期の1835年でした。フランスではルドゥテが『名花選』を2年前に完成しており、イギリスではボタニカル・マガジンの盛期にもあ たっていて、当時のヨーロッパはボタニカル・アートの最盛期でした。

『フローラ・ヤポニカ』は、ボタニカル・アートの最盛期に刊行され、当時を代表する植物誌として高い評価を受けました。それにはいくつかの要素があった と考えられます。高い科学性と芸術性を兼ね備えたボタニカル・アートに満たされていたことは大切な要素と言えるでしょう。さらに、図譜だけでなく、植物の 記述が植物研究において緻密で注目に値するものであったことも大きいでしょう。なぜなら、『フローラ・ヤポニカ』には初めて世界に知らされる新たな属や種 (すなわち新属・新種)が盛り込まれていました。これらが重なり合って、これまでにヨーロッパでは見たこともないすばらしい植物が図譜として示されたこと は、人々の注目を集めずにはおかなったこともうなずけます。

植物研究では、新種を決める際に、植物を乾燥させた押し葉標本(さく葉標本)を残さなければなりませんが、それから生きていた姿を復元することは困難を ともないます。その困難を克服できるのがボタニカル・アートなのです。今日の写真技術をもってしても、正確な科学的描写はボタニカル・アートに委ねなけれ ばなりません。

シーボルトにもボタニカル・アートにも造詣が深い大場秀章さんは、ボタニカル・アートを「花の肖像画」と言っておられます。花を植物に置き換えれば納得 がいきます。