くらしの植物苑観察会

毎月第4土曜日(13:30 ~ )
4月の観察会は29日(みどりの日)、無料開苑

4月29日(みどりの日)第37回くらしの植物苑観察会
『花と人のかかわり』
佐原 眞(国立歴史民俗博物館館長)
辻 誠一郎(国立歴史民俗博物館歴史研究部)

野に咲く花はどこへ行った

  • 執筆者:渡邊 重吉郎
  • 公開日:2001年4月6日

花を咲かせる植物は、1億5000万年前に出現したのだそうですから、恐竜はあの冷たい目で花を見ていたのです。6500万年前に、花を咲かせる植物の 種類も昆虫の種類も爆発的に急増したそうです。花の形・大きさ・色・香り・蜜は、虫や鳥をさそうための花の装いだったのですね。

人が出現したのは500~450万年前でした。試みに、花の出現した1億5000万年前を仮に150m前に置きなおすと、花と虫の急増は65m前、そし て人の登場は5~4.5m前です。

人が花を喜び心動かされるようになったのは、いつからでしょうか。今つかめるいちばん古い証拠は、イラクのシャニダール洞窟(6万年前)のネアンデル タール人の男のお墓で、何種類もの花の花粉が密集していたので、花を死者に捧げたことがわかりました。

日本では、1万1000年前(縄紋時代草創期)の長野県野尻仲町の墓にトチノキ属とカエデ属とを、北海道門別町エサンヌップ3と名寄市日進19の2ヵ所 の縄紋時代の墓にキク科の花を捧げていたことがわかっています。

人が美術の造形を始めたのは、3万5000~3万年前といわれます。しかしヨーロッパ旧石器時代の洞窟美術は、動物や人を表しています。植物か、とも思 う表現がまれにあるものの、これは植物ではない、という意見も強いのです。

人が花の美術を造形し始めるのは6000-5000年前、メソポタミア・エジプト文明以来です。クレータ、ギリシャ、インダス、中国の戦国-漢、メソア メリカ・・・ 日本では、縄紋・弥生になく、古墳文化にもまれで、飛鳥時代に入って突然、お寺の瓦の紋様として、仏さまの坐席として蓮が出現します。仏教 の象徴としてもたらされたものです。奈良正倉院の宝物には、美しい花の絵や紋様が天皇・貴族のために咲きほこっています。

西洋では、植物図鑑ふうに花そのものを描くのは16-17世紀からです。しかし、花そのものを見て描く絵は、およそ100年前以来、印象派から始まりま した。日本でも室町・江戸時代くらいから花の絵が盛んになります。

このように花の美術の歴史が新しいことについては、文明がすすむほど花を美しくみるようになるからだ、という意見もあります。しかし、花を美術に表さな くても花を愛する人びともいます。また、花を愛する人びとが多い一方で、花に関心のない人びとは今でもいるのです。

大勢として、今、地球上の多くの人びとは花を愛しています。ところが、花屋さんに並ぶ絶対多数の花は品種改良でできた花です。季節も土も知らない花も少 なくありません。

人が登場すると、虫・鳥のために咲いていた花は、人のためにも咲かなければならなくなりました。ついには、人のためだけに咲く花があふれるようになりま した。人が造った花がどんどんふえて、野や山に咲く花が消滅していく状況においこまれています。人は自然をこわせばこわすほど花を愛するようになってきた のです。そして「人工」の花を庭に植え、部屋に飾ることが自然を愛することだと思うようになってきてしまったのです。