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第360回「採石の民俗誌」第359回「中世の古文書を考える」第358回「木と炭素14のちょっといい関係」第357回「縄文時代の植物利用」第356回「中世の生産革命」第355回「中世技術の最先端」第354回「企画展示『行列にみる近世』の舞台裏-行列を追っかける-」第353回「祭りを継承する絆の創造-祭り研究の最前線から-」第352回「民俗研究とアイヌ・沖縄の文化」第351回「人と動物の考古学」第350回「出土漆に見る日本の歴史」第349回「日本建築史の再構築」

第360回「採石の民俗誌」

開催要項

日程 2013年12月14日
講師 松田 睦彦 (当館民俗研究系)

開催趣旨

石は利用価値の高い資源です。しかし、硬くて重い石を思い通りに切り出して利用することは容易ではありません。したがって、人は石を利用するためにさまざまな努力と工夫を重ねてきました。一つ一つの石ごとに異なる割れ方を見極め、それに応じて正確に穴を掘って矢を打ち込む。こうした技術は一世代で確立したものではありませんし、一朝一夕で身につくものでもありません。機械化された現代の石材採掘の作業にも、先人たちの努力と工夫のあとを見出すことができます。

さらに、こうした努力と工夫は技術面だけにとどまりません。たとえば、石を効率的に採るには専門的な技術を持った多くの労働力を組織化する必要がありますし、石材産地に泊まり込んでの集団生活が円滑に営まれなければ作業効率は落ちてしまいます。また、自然相手で多くの危険をともなう採石の現場では、山の神などが祀られて安全が祈願されてきました。

本講演では、採石にまつわるさまざまな民俗について、とくに瀬戸内海の花崗岩採掘の事例からお話しします。

第359回「中世の古文書を考える」

開催要項

日程 2013年11月9日
講師 小島 道裕 (当館歴史研究系)

開催趣旨

中世は、人くさい時代です。人と人との関係でものごとが決まります。肩書きではなく、力のある人に、人・物・金が集まります。文書も、当然そのことを反映しています。古代の役所・役人中心の文書とは違って、実際に権限のある人物が、文書を必要とする人や命令を受ける人に、個人と個人の関係で、直接文書を出します。本来は私文書である書状が、公文書として通用するようになります。そしてそこには、差出人と宛先という形で、人と人との関係が表現されています。書式、署名の方法、紙の種類・大きさなど、その方法は多様で、中世文書の「機能と形」は、本当に興味がつきません。企画展示に出品した資料から、ご一緒にそのあり方を考えてみたいと思います。 特に、木の札に書かれた「制札」については、すでにデータベースを作り、今回の展示でも力を入れてみましたので、少し詳しくお話できると思います。

第358回「木と炭素14のちょっといい関係」

開催要項

日程 2013年10月12日
講師 坂本 稔 (当館情報資料研究系)

開催趣旨

樹木は生長にともなって、1年に1層ずつ年輪を刻んでいきます。この「年輪」には、樹木が生育していた当時の環境が時間情報とともに残されています。タイムカプセルともいえるこの年輪を使って、さまざまな研究が進められています。年輪年代法は、年輪幅の変動パターンを用いて年輪の生育年を決定する年代測定法です。年輪年代法で年代の判明した樹木年輪に含まれる「炭素14」を測定すると、当時の大気中の炭素14の濃度が分かります。そのデータを集めたものが「較正曲線」で、炭素14年代法で実際の暦年代を求めるのに用いられます。炭素14年代法は年輪年代法と大変関係が深いのです。講演では、炭素14年代法を用いた精確な年代測定法の実例や、最新の年輪年代法について紹介します。 

第357回「縄文時代の植物利用」

開催要項

日程 2013年9月14日
講師 工藤 雄一郎 (当館考古研究系)

開催趣旨

植物は人類社会にとってなくてはならない存在です。食料、薬、住まいの材料、衣服、染料、縄や編み物の材料、日常的な道具として、ありとあらゆる場面で植物は利用されています。では、過去の人々と植物との関わりはどのようなものだったのでしょうか。狩猟・採集・漁撈生活を送っていた縄文時代には、我々以上に人々は植物を身近に感じていたに違いありません。縄文時代の人々はどんな植物を食料として利用していたのでしょうか。どのような植物を道具や衣服の素材として利用していたのでしょうか。そして、森林や自然環境とどのような関係を築いて生活を送っていたのでしょうか。われわれは2010年から3年間、開発型共同研究「縄文時代の人と植物の関係史」というテーマで研究を進めてきました。そこで明らかになった最新の研究成果をご紹介したいと思います。 

第356回「中世の生産革命」

開催要項

日程 2013年8月10日
講師 小野 正敏 (人間文化研究機構)、中島 圭一 (慶應義塾大学)

開催趣旨

中世はモノを作る技術が大きな発展を遂げた時代ですが、技術はそれ単体で進歩するものではありません。古代の国家システムが崩れて官営工房が維持できなくなると、それまで朝廷や国衙の需要に応じてモノ作りに携わってきた職人たちは雇い主を失うことになり、一般の人々に販売する商品の生産に活路を見出そうとしました。消費の主人公の座は武士や庶民に移り、彼らの好みに合わせた品物を作る技術、あるいは多くの売り上げを見込める普及品を作る技術が発達していきます。つまり、技術の変革は時代のあり様を反映したものであり、実は政治史や社会史と直結しているのです。そして逆に、技術革新が社会や政治の変化を引き起こし、新たな時代を創り出す局面も見られます。14世紀後半~15世紀には様々な分野で新技術が導入され、商品の大量生産が進みますが、このことが地方の経済力を底上げして地域権力の基盤を用意し、応仁の乱の勃発から戦国大名の成長へと続く時代の流れを準備しました。

今回の歴博講演会では、2人の講師の講演と対談を通じて、政治史・経済史・社会史などとリンクさせた技術史の可能性を浮き彫りにするとともに、開催中の企画展示「時代を作った技―中世の生産革命―」をさらに深く読み込む視点を提供します。

第355回「中世技術の最先端」

開催要項

日程 2013年7月13日
講師 村木 二郎 (当館考古研究系)

開催趣旨

中世はさまざまなジャンルのモノ作り技術が飛躍的に発達し、人びとの生活を変化させました。いっぽう、精巧な美術工芸品や武器、権力者のモニュメントである城郭などには、当時の最先端技術が注がれました。京都で生産された銅鏡は、背面に非常に精緻(せいち)な文様を表した鋳造品(ちゅうぞうひん)です。それらは全国に流通するとともに、中国や朝鮮半島にももたらされ、コピー商品まで作られました。これは中世日本の技術力を示すものでしょう。海外からの鉄炮(てっぽう)の伝来は、これまでの鍛冶(かじ)職人の技術を基盤に、新たな鉄素材の開発をうながします。そしてまたたく間に50万挺(ちょう)とも100万挺ともいわれる、より性能の高い鉄炮を作り上げました。また、ヨーロッパ向けの日本ブランド商品「南蛮漆器(なんばんしっき)」には、東南アジア産の漆を塗り、朝鮮半島でさかんな螺鈿(らでん)を施し、中国伝来の真鍮(しんちゅう)金具に西洋型の鍵(かぎ)を取り付けました。最先端の外来技術を消化・融合し、新たな製品を生み出したのです。

開催中の企画展示「時代を作った技-中世の生産革命-」に関連した内容をくわしくお話しします。研究成果としての展示を、より深く理解していただければ幸いです。

第354回「企画展示『行列にみる近世』の舞台裏-行列を追っかける-」

開催要項

日程 2013年6月8日
講師 久留島 浩 (当館歴史研究系)

開催趣旨

歴博では、昨年企画展示『行列にみる近世』を開催しました。近世には、江戸を中心にさまざまな行列が往来しただけでなく、こうした行列は絵画に描かれる機会も多かったので、「描かれた行列」から近世社会の特徴を理解することが可能なのではないかと考えたのです。具体的には参勤交代する武士たちの行列、朝鮮国王・琉球国王が派遣した使節団や出島オランダ商館長の一行などの行列、江戸や京都などの都市祭礼の行列などをとりあげました。講演では、この企画展示で出せなかった文献史料も含めて、企画展示で十分にお伝えできなかったことについてお話しします。沿道の人びとは「拝見」や「見物」をする一方で、それなりの準備をし、作法をまもって迎えさせられました。沿道の人びとが行列の通行に際して何をしたのか(させられたのか)、何を見たのかという点に注目し、つぎのような行列を一緒に追いかけてみましょう。(1)将軍へ嫁ぐ女性の行列と、大名と結婚した将軍の養女が亡くなったあと国元へ送られたときの行列、(2)実際に見物した人が描いた画像資料が残る朝鮮通信使の行列、(3)開港後、あらたに国内を通行するようになった外国人の行列などです。本邦初公開の展示記録映像もご覧いただくつもりです。

第353回「祭りを継承する絆の創造-祭り研究の最前線から-」

開催要項

※第12回国際博物館の日記念事業

日程 2013年5月11日
講師 川村 清志 (当館民俗研究系)

開催趣旨

祭りは民俗学のなかでも、多くの方が関心をもつ分野です。けれども、祭りを研究することにどのような意味があるのかは、意外に語られていません。このフォーラムでは、現代の祭り研究の最前線の取り組みについて紹介します。歴史的な視野からの研究ではなく、今日、行われている祭り研究にはどのような目的があり、どのような成果が得られるのかについて考えていきます。

これまで祭りについては、民俗信仰を重視した研究、機能主義的な研究、象徴主義ないしは文化記号論的な研究、さらには主体性を重視した研究などの系譜があります。これらの研究の特質と課題を紹介したうえで、私が調査を行ってきた能登半島の石川県輪島市に継承される山王祭りの事例を紹介していきます。山王祭りの事例から、既存の研究が十分に明らかにできなかった社会と個々人との関係性、さらには人びとが祭りに参与する動機を明らかにしていきます。また、講演では、できるだけ実際の映像や画像を紹介しながら、現実の祭りに即した研究の現場についても知って頂きたいと思います。

第352回「民俗研究とアイヌ・沖縄の文化」

開催要項

日程 2013年4月13日
講師 内田 順子 (当館民俗研究系)

開催趣旨

アイヌ文化と沖縄の文化は、日本列島のほかの地域の文化とは大きく異なる歴史的背景の中で育まれてきました。このふたつの文化は、近代に成立した「日本民俗学」の枠組みにおいて、異なる位置づけをなされてきました。たとえば、歴博の旧民俗展示室(1985年オープン)は、そのころまでの民俗学の成果が反映された展示ですが、この展示室には「南島の世界」という展示テーマがあり、南島は「日本の文化を理解するうえでたいせつな位置を占めている」と解説されていました。その一方、アイヌ文化についてはこの展示室ではとりあげられていませんでした。日本民俗学が何を研究対象としてとらえたのか、について考えることは、何を「自文化」として考え、何を「他文化」としてとらえたのかについて考えることに通じています。ここでは、この3月にリニューアルオープンした民俗展示室の展示を紹介しながら、日本民俗学が対象としてきた領域の変遷について考えます。

第351回「人と動物の考古学」

開催要項

日程 2013年3月9日
講師 西本 豊弘 (当館考古研究系)

開催趣旨

日本人と動物との関係は、旧石器時代から現代まで様々です。その中で、食料とされた動物の変遷を中心に考えてみます。さらにペットの問題も触れてみたいと思います。

旧石器時代と縄文時代は、野生の動物を食料としていました。縄文時代では主にシカとイノシシを狩猟していたことが分かっています。弥生時代になると米などの生産により食料は安定し人口も増加します。この時代にはブタが飼育されて食肉を補うとともに、イヌを食べる習慣も稲作とともに導入されました。古代になると仏教の影響で家畜の肉を食用とすることが禁じられ、ブタの飼育がなくなり、ウマやウシは労役用となり、ウマやウシの肉が食用とされなくなりました。中世以降、魚類や野生の鳥類・哺乳類が食肉とされますが、江戸時代の庶民の食卓には獣の肉が並ぶことは少なくなりました。鎖国の影響もあり、江戸時代の庶民は人口が増加しなくなり、また身長も日本歴史の中で最も低くなりました。

このような歴史の中で、イヌは縄文時代から狩猟用に飼育され、弥生時代以降は食用ともされました。ネコは弥生時代に渡来しペットとされました。中世まではネコはヒモでつながれて飼育されましたが、イヌは放し飼いであり、現代日本のイヌとネコの飼い方とは異なっていました。

第350回「出土漆に見る日本の歴史」

開催要項

日程 2013年2月9日
講師 永嶋 正春 (当館情報資料研究系)

開催趣旨

12,600年前、日本列島に生きる人々はすでに漆を使っていたものと考えられます。以降、今日に至るまで、漆の技術と漆の文化は列島内に連綿と生き続けてきたのです。一つの素材に過ぎない漆ですが、その時代その時代に人がどのように漆と関わっていたのかがわかれば、12,600年にわたる日本の歴史、その一面が見えてきます。そのためにはまず、漆関係資料を丹念に調べることが必要です。古い時代であれば、出土考古資料が大きな意味を持ってきます。それらが持つ情報を引き出すことで、その時代の人々が持ち得た技術の内容を知り、生活文化のあり方を考え、さらには歴史世界へと想像を広げるのです。
今日は、私が今まで積み重ねてきた漆関係資料調査の一端を、最近の成果を含めて紹介したいと思います。

第349回「日本建築史の再構築」

開催要項

日程 2013年1月12日
講師 玉井 哲雄 (当館情報資料研究系)

開催趣旨

日本建築史は、寺院・神社などの古い建築を調査して文化財としてのランク付けを行い、指定して管理し、さらに修理・保存するための方法・技術を研究するための学問として明治以来受け継がれてきました。したがって実際に建っている建物が研究の対象です。しかし現実に残されている建物は日本列島内に建てられた建物のごく一部にしか過ぎません。しかも残された建物は階層的にも、地域的にも大きな偏りがあります。広く人間と建築との関係を考えようとするなら、失われた建物もふくめたより広い視野からの建築のあり方を考える必要があります。そのためには絵画に描かれた建築、考古学発掘によってあきらかになる建築、さらに日本列島と密接な関係にあった朝鮮半島や中国大陸の建築を研究対象に組み込んだ広い視野からの日本建築史の全体像が必要とされます。日本建築史の再構築ということになります。この作業を進めることによって広く人間社会の歴史を再構築することにもなると思います。