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佐倉歴史の散歩道


歴博のある佐倉市は、歴史のある城下町です。
戦国時代、千葉氏は酒々井(しすい)町に残る本佐倉城(もとさくらじょう)を居城とし、佐倉城のある鹿島山にも城が作られていたようです。
しかし江戸時代になると、本格的な近世城郭が必要とされ、慶長15年(1610)に、小見川(おみがわ)から佐倉に移った幕府の重臣土井利勝によって、城下の町と共に新たな城が作られました。

以後、佐倉は江戸の東を守る要衝として重視され、譜代大名が藩主となり、多くが老中など幕府の要職につきました。
大名家は頻繁に変わりましたが、18世紀半ば以降は、江戸初期にも入部した堀田氏が11万石の藩主となり、幕末には老中堀田正睦(まさよし)を出しました。

廃藩置県の後は、すぐに陸軍の連隊が建設されました。建築物はすべて壊され、現在歴博のある椎木曲輪(しいのきくるわ)の武家屋敷地にも、分厚い土盛りがされて兵舎が建てられました。
しかし、堀や土塁などは大部分がそのまま残り、現在も江戸時代の発達した城郭の構造をよくうかがうことができます。
戦後は兵舎の建物が残り、また陸軍の病院も国立病院として残っていましたが、1978年から歴博が建設され(1983年開館)、また他の部分も、佐倉城址公園や佐倉中学校、佐倉東高校などとなって今日に至っています。(小島道裕・歴博「佐倉城を歩く」より)

今も城下町の面影を所々に残す佐倉の町を探訪してみましょう。

また、佐倉にまつわる文学も数多く、様々な作家に取り上げられています。
その中でも佐倉惣五郎伝説、医学蘭学、近代の文化人の3つの視点から、佐倉についての読書を楽しんでみてはいかがでしょうか。

歴博 佐倉城・本佐倉城



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