研究活動一覧

科学研究費補助金による研究

2011年度科学研究費補助金:
多民族の住む谷間の民俗誌-生業と市からみた環境利用と私情メカニズムの生起-

研究成果公開促進費(学術図書)

多民族の住む谷間の民俗誌-生業と市からみた環境利用と私情メカニズムの生起-
研究期間:2011年度

研究代表者 西谷 大 (本館・研究部)

研究目的

本書の刊行目的は、人が生態的な環境を利用するという、ごく日常的な行為のなかから、意識することなしに市場メカニズムが生起するのではないかという仮説を、雲南省の者米谷という場所を事例にしながら、その生活世界のシステムの具体的な姿と、変容過程を明らかにしつつ検証することにある。
中国雲南省の南でヴェトナムと国境を接する金平県の者米谷は、地政学的には中国という巨大な国家の辺境に位置する。この谷は山と谷がおりなす複雑な地形であり、9つの少数民族が暮らす多民族地帯である。それぞれの民族は言葉や習慣が異なるだけでなく、利用する土地の生態的な環境と生業戦略が異なっている。者米谷ではいわゆる伝統的な生業の姿が、中国の開放政策による市場経済化や資本主義経済のグローバル化に伴って急激に変容している。

しかし本書は者米谷の生活世界を「中央」と「辺境」、「都市」と「農村」、そして「自然と共生する人びと」と「自然を開発する人びと」といった二項対立的な理解によって叙述することを目的としてない。
第1の意義として、調査方法の斬新さがあげられる。生業について焦点をあてながら、彼らの生活環境と土地利用についてGISを使った詳細なデータをもとに描き出す方法は、従来の生態人類学的な調査ではおこなわれてきたが、同時に4つの少数民族を対象にすることなど複数の少数民族間の差異を明らかにした研究ははじめてである。
第2の意義は詳細な定期市の調査にある。人類学的な調査では多くの調査者が、当該地域で開かれる市には多大な関心を寄せ、スキナーを初めとする人文地理学的な研究も多い。しかしほとんどが行政的な機関の統計的な資料に基づくもので、定期市に関わる人びとの行動や商品の動きを直接観察的な手法で明らかにしたものは皆無に近い。本書では直線的な谷で、ある一定の距離をおいて定期的に開かれる市を商人と農民の双方がどのように関わるのかを明らかにし、少数民族による農産物生産の差別化がこの市場によって生業の差別化をより拡大化させる方向に働く傾向性を発見した。この機能こそ9つの少数民族の共存を可能にしており、農民と市と商人の世界における資本主義の生態学的意味を抽出した。

第3の意義として、議論を普遍化させた点になる。者米谷における世界が一般的にもつ意味を、アンデス高地民、ベンバ、トングェなどのアフリカの焼畑農耕民および中国海南島リー族社会で比較を試みた。それらの生業戦略に関する議論は「人が生態的環境の差異を生業の差異に転化し、生業の差異から生産物の差異を生み出し、市を介することで交換し、そこから利潤を生み出す市場メカニズム」という基本的なダイナミズムにそれほど矛盾しないと結論づけた。各民族あるいは各村の生業についての議論は「生産物の相互依存」と「生業システムの相互補完」のありかたの相異としての現象を説明しているにすぎず、市場経済と生業経済、都市と農村、国家と周辺、グローバル化する社会と共同体的社会、農業の集約化と非集約化といった二項対立的な構図では生活世界は解明できないことを明らかにした点が、これまでにない論点であることを強調しておきたい。